時事、写真、身の回りの事、etc.


by musasinokosugi
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飛田東映上映中。

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 現在世界を覆い尽くした貨幣経済(資本制社会)にあっては、要は貨幣が十全に循環し、モノとモノとが遍く交換されれば、人々が飢えに苦しむことも極度の貧困に悩まされることもないだろうが、現実の世界では近経のいわゆる「傾斜」が著しく、富もモノもその大半を一部が排他的・独占的に占有しているのが実情である。世界の富には明らかに濃淡があり、モノが有り余った国では食物を含むモノが日夜恒常的に捨てられ廃棄され、他方モノが隅々まで充分に行き渡っていない国にあっては、食べ物も医薬も衣料品も慢性的に不足しており、スラムに住む貧民層では子供たちがゴミの山からまだ使えるモノを拾い出して日々の生活をかろうじて成り立たせていたりするわけである。人々の日々の生活資材を生産することが重要なのは言うまでもないことだと思われるが、今世界を支配しその趨勢を決定づけているのは生産者各位ではない。しょせんこの世は「金が全ての世の中」に過ぎず、財貨をどれだけ保有しているか、(適正であろうとなかろうと)給料をどれだけとっているかで、その人間個人の社会的ステータスは確定するのである。汗に塗れてどれだけコーヒー豆を生産しようと、石高・漁獲高・鉱工業指数をどれだけ上げようと、いったい誰がそれら生産者たちを賞賛するだろうか!?彼らの生産物はどこかの金持ち・投資家たちが二束三文で一挙に買い叩いて、良品はまるごとどこか彼らの手の届かない場所へ持って行ってしまうのではないか。我々が今生きている世界が「普通の人の普通の生活など糞喰らえだ!」という本音に根ざしていないという保証など、実はどこにもないのであるが、メディアの日々の報道は(意図的にかどうか)ひたすらその事実から我々の眼を逸らそうと勤めているようにしか私には見えないのである。・・というわけで、私の方は飛田のサービスデーである。w

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1.宮本武蔵(1961年)

 吉川英冶原作、内田吐夢監督作品『宮本武蔵』全5作のうち第一作で、宮本村の郷士・新免武蔵が関ヶ原の合戦で豊臣方に付いて敗残兵となった場面から、沢庵和尚の指導の元、姫路城に幽閉される道を敢て選び、一人の人間として開眼するに至る迄を描く往年の名作シリーズの一番目である。
 私などは宮本武蔵と言えばまずこのシリーズを連想するのだが、作られてから早半世紀を経ていることに改めて驚かされている始末である。

 武蔵と全編に亘って「君の名は」ばりにすれ違いのラヴロマンスを展開するお通役の入江若葉は同じく女優入江たか子の娘で、小沢征爾と結婚した入江美樹とは何の関係もないのである。ぁそ。

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2.修羅のみち3 広島・四国全面戦争(2002年)

 これはまあ、いいも悪いもない新しい(?)やくざ映画のシリーズである。
 仇役の黒田(松方)が大阪を地盤としている一大勢力なのである。ぁそ。

* 哀川翔 アイカワショウ (吉田晴男)
* 松方弘樹 マツカタヒロキ (黒田虎男)
* 今井雅之 イマイマサユキ (山鍋一也)
* 萩原流行 ハギワラナガレ (矢吹修道)
* 小西博之 コニシヒロユキ (植村建二)

修羅のみち3 広島・四国全面戦争 - goo 映画修羅のみち3 広島・四国全面戦争 - goo 映画

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3.新・網走番外地 嵐呼ぶダンプ仁義(1972年)

 降旗康男監督のシリーズ第8作。刑務所内の場面は少なく、真夏の北海道のダンプ作業現場が主要な舞台となっている。菅原文太の「トラック野郎」のシリーズの前段階にはこういう映画があったのである。

* 高倉健 タカクラケン (末広勝治)
* 生田悦子 イクタエツコ (北野冴子)・・かつてのお姫様女優である。
* 田中邦衛 タナカクニエ (石松五郎)
* 南利明 ミナミトシアキ (花田三太郎)
* 宍戸錠 シシドジョウ (北野鉄雄)
# 工藤明子 クドウアキコ (別所ゆう子)
# 月亭可朝 ツキテイカチョウ (月形勘平)
# 太古八郎 タコ八郎 (出羽亀松)
# 金子信雄 カネコノブオ (大沼儀一)
# 小林稔侍 コバヤシネンジ (寺山)
# 小池朝雄 コイケアサオ (カッパの源治)
# 八名信夫 ヤナノブオ (関戸)・・ピラニア軍団。
# 殿山泰司 トノヤマタイジ (馬車の親爺)
# 丹波哲郎 タンバテツロウ (中神政男)

新網走番外地 嵐呼ぶダンプ仁義 - goo 映画新網走番外地 嵐呼ぶダンプ仁義 - goo 映画

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 私は確認したわけではないが、世間では8-2、7-3の割合で不評を買っている小沢が、ネット社会では逆に51%以上の支持(出馬支持)を集めているというのである。
 この間のマスメディアによる「世論誘導」を嘲笑うかのようなこの事実に恐れを為したのか、9月に入って両者が口火を切ると、テレ朝・TBSなどは露骨に管一辺倒の不公平な報道姿勢を修正し改めている。(註*)他局の調査でも管の支持率は軒並み下がっているのである。

 公平に言って(物珍しさもあるのかも知れないが)小沢の話す「一年前の原点に帰れ」という原則論の方が、何故か内容的にも断然面白いのである。
 管の話は(得意の「小沢口撃」を除けば!註*2)官僚の書いた答弁書のようで何も言っていないのと同じである。これが以前「官僚なんて大馬鹿なんですよ!」とテレビカメラを前に大音声で叫んでいた同じ人間かと私は開いた口が塞がらない。

「管が何もせずに(?←いや、参院選ではアホな舌禍でみすみす議席を減らし、官僚に降伏して「改革路線」は大後退させた)降板させられるのでは気の毒だし海外にみっともない」などという議論はメディアが無理矢理ひねくり出した強弁・屁理屈である。既に日本の抱えた難問と窮状は充分過ぎる程「世界に対しみっともない」のである。「みっともない」と言うならばメディアこそ「みっともない」という形容がぴったりの連中で占有されているのではないか。

 何度も言うように、メディアはこの間独自取材もせず、いよいよまるで「公権力」ででもあるかのように立振舞っているが、彼らのとるスタンスの基本は「面白おかしければ何でもいい。視聴率が1ポイントでも上がれば何でもいい。スポンサーが付いてくれるなら毒饅頭でも何でも喰らう」というものである。
 検察が立件出来なかった小沢を、正体不明の一部勢力にそそのかされたのか検察審査会が「おかしい。もう一回やれ」と言い、それに一も二も無く便乗して「説明責任」を要求し続けているのが有害無益かつ無能の我がメディアなのである。
 これでは小沢ならずとも「お前ら何か尻尾でも摑んでいるのか。検察も及ばなかった《証拠》の欠片でも摑んでいるんなら出してみろ!」ということなのである。検察リークにのみ依存し踊らされた結果がこれである。

(註*)但しこれも例えば「小宮悦子+星浩」のテレビ朝日今日の朝番は二人が「管べったり」なので(←それも何故か一片の理由も示さずにだ!)小沢サイドは出演を拒否した。
(註*2)管支持のれんほうにまで「マイナス・キャンペーンはそろそろ止めろ」とまで言われたくらいで、形振り構わぬ戦術は見苦しい限りである。

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by musasinokosugi | 2010-09-05 11:27 | 写真・ムービー等