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by musasinokosugi
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情勢ってか。

 前回は嘉田新党立ち上げの寸前に投稿したが、今日はセンキョの5日前である。状況は少し変わった。今朝のTBS系ニュースでは土日の世論調査の結果として、自民圧勝、自公合わせて320、民主は70、維新が45で未来は11ということだった。元々は「小選挙区制」というのは二大政党有利に働くものであるから、民主がこければ今度は自公の番となる。従って、民主の大敗北を除けば今回少数政党が伸び悩むのは当然と言えば当然である。

 それで、現実にこの調査結果と大差ない選挙結果が招来するものと仮定すれば、民主幹部らは最早自公に混ぜて貰えなくなったと見るべきだろう。維新石原は「改憲」を餌に露骨に自公へと擦り寄っている。「改憲大連合」が有り得るとすれば、自公維+みんな+その他となるだろう。
 
 いずれにせよ、このセンキョで何かが変わり得るものとすれば、この「改憲」の動き以外にはないだろうと思われる。「改憲」されたからと言って、私などはもう兵隊に取られる歳ではないし、もとより余命幾許もないのだから、若い人たちが好きにやったらいいだろうと思っている。この国にはもはや明るい材料は何一つない。「暴走老人」=石原にここは一つ騙されてみようか、という人は付いて行ったらいいし、「選挙なんか行くだけ無駄だからパスする」という人は恥ずることなく棄権したらいい。
 先日他界した吉本隆明は常々「政治より生活の幅の方が広い」と言っていた。政党・政派に引き回されるくらいなら昼寝していた方がいいと言うのだ。
 埴谷さんは生前「選挙に投票することは四年に一回の白紙委任状だ」と言って棄権を貫いた。今回の民主党政権が良い例だ。選挙で「信任」を与えてしまったら、後は任期の期間中何をされようと文句は言えないのである。
 私は埴谷雄高信者だったから、大阪に来る前は一度だけ美濃部さんの都知事選に行っただけだ。大阪に来てからは何の因果か投票に行くようになったが、選挙が「年寄たちのお祭り」だという事実は認めるものの、それ以上の意義はあまり感じていないのである。今回は20代30代の若い人たちがどれだけ投票所に足を運ぶか興味深いものがあるけれど、まあ50%もあれば上々だろう。w

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↓ 寝屋川畔の雀たち。大阪城公園から行くとOBPの向こう側になる。この時点では10羽ほどしかいなかったが、少し移動したら20羽以上になった。大阪城公園ではカラスたちは米・雑穀類は啄ばむことはないが、ここのカラスたちは私がいなくなると雀らを排除して米類も食べる。
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↓ 冬になると大阪城の堀や寝屋川にやって来るユリカモメであるが、私が雀たちに餌蒔きをする「おもいでの森」は外堀のすぐ横にあるため、そこにまで飛来するようになった。彼らはカラスよりも一回り大きいので何も恐れることがない。私が堀のマガモたちに餌を投げてもみんな空中から横取りしてしまう。彼らはみな空中キャッチが得意なのである。ギャアギャア五月蝿い上大食漢なのでちょっと厄介な連中だ。この写真には数羽しか映っていないが、今日は大挙してやって来た。米類は食べなかった。水鳥たちにはパンやお麩がいいらしい。レタス・キャベツを刻んで与えている人もテレビで見た。
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↓ 足環ちゃんとカラスである。足環ちゃんは今日は一番に来た。彼(女)は気まぐれで我儘だ。他の鳩たちが必死で食らいつく「パンの耳」などには見向きもしない。白い部分にしても、食べ易いように丸めてやらないと他へ譲るのだ。米・雑穀類もちょっと食べてはみるが、寄って来た他の鳩たちに揉みくしゃにされるとすぐ逃げるように石段から降りてしまうのである。
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  ≪のようなもの≫

 私はSFは読まない人間であるが、昔或るSF好きの友人が「埴谷雄高の『死霊』はSFだ」と言ったことがある。それで今還暦を過ぎて思うことは、私も最近「SFのようなこと」を想像することがある、ということである。
 例えば『ノアの方舟』である。我々の太陽は50億年後には爆発~消滅する。我々の子孫がもしそれまで生きながらえていたとしたら、どうしたって滅びる前の地球を脱出していなければならない。
 そこで『テラへ』ではなく『テラから』であるが、どう頑張っても(とてもじゃないけど!)この地上の全生命を方舟に載せていくことなど出来はしないのである。つまりは(普通に考えれば)方舟には選抜隊(選民?)しか乗せて行けない。連れて行くのは恣意の「選民」だけか?

 私が今想うのは、やはり「全生命」を連れて行く方策があるのだ。原子・分子と言わず「素粒子」と各生命の「DNAの設計図」。この二つがあれば方舟の中で我らが子孫は自在に「全生命」を復活~再生出来るのである。但し、である。我々人類の歴史はまだせいぜいのところ数百万年しかないのだから、これがあと数十億年も歴史を刻める保障などどこにもない。あちゃ。
 年寄のたわごと・妄想である。w


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by musasinokosugi | 2012-12-12 15:59