時事、写真、身の回りの事、etc.


by musasinokosugi
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

並んで食べる。

①テレビでは少し前おすぎがいみじくも「(ラーメンなんか)並んでまで食べたいとは思わない」と言っていたが、私も常々そう思っている。
 別にバカにして言うわけではないが、昔からラーメンなどは並んでまで食べるような有難い食べ物ではなかったのだ。ちょっと通りがかった店屋で気軽に飛び込んで食べられるところがラーメンの持つ「有難さ」なのである。
 今はどうなっているのか知らないが、東京環七通りには「ラーメンストリート」まで出来た。どの店もどの店も行列また行列のオンパレードである。スープがどうの麺がどうのと能書きばかりが先行し渦巻いていたが、老舗ウナギ屋の「秘伝のタレ」じゃあるまいし、毎日大量に消費するラーメンスープに秘密も独自性もあったもんじゃないと私は苦々しく(?)感じていた。中には「今日のスープは出来が悪い」と自分に怒り、出来上がったばかりのスープを寸胴ごと下水にぶちまけ、「今日は済みませんが」と店先に並んでいた客らを追い返す店もあったようだ。そんな見え見えのパフォーマンスをテレビ各局は競って囃し立ててくれるのだから、その店も十分元がとれたことだろう。ファミリーレストランやコンビニの「捨てまくり」もそうだが、我が国のGDPなるものもそういった無駄な行為の累積で押し上げられている側面が大きい。
 
 
 ある解説者は「並ぶ」という行為には「他人の価値判断に依拠する」という主体性放棄と「流行に乗り遅れたくない」という焦りに似た感情があると指摘していた。確かにそういうことかも知れない。

d0136282_1540630.jpg
d0136282_15402577.jpg
d0136282_15404217.jpg
d0136282_15405581.jpg
d0136282_15411058.jpg
d0136282_15412221.jpg
d0136282_15413658.jpg
d0136282_15414884.jpg

d0136282_1810997.jpg


②「私たちすべての人間にとっての本当の幸せとは何か」と水俣病患者の代表(?)の一人が講演で言っていた。故・埴谷雄高は『文藝』誌の「幸せとは何ですか?」という質問に答えて

「幸せ? そんなものはありゃしない」
  
と言ったことがある。

 私が思うに、人それぞれ利害の対立があるのが普通の世間一般であるから、Aにとっての幸せはBにとっての不幸せであることが少なくないのではないか。メダル争いや優勝争いがいい例である。顧客獲得競争だってそうだ。

 ところで、我が国は一千兆円を超える国債を只今発行中であり、これを国民一人当たりに換算すると老若男女全部ひっくるめて一人900万円の借金を抱えながら我々は日々生活していることになる。

 この話になると必ず出て来るのが「大半の国債の所持者は我が国メガバンクの面々と日銀だから安心だ」という議論だが、果たして本当にそうか。私はメガバンクなど信用していない。「みずほ」を見ろと言いたい。彼らは急場を迎えている中小の町工場には1円も貸さない癖に、≪系列のサラ金≫には潤沢な資金を提供し、彼らを使って我々国民一人一人の生活資金を吸い上げ続けている吸血鬼のような高利貸しではないのか!
 

[PR]
by musasinokosugi | 2013-10-16 15:20