時事、写真、身の回りの事、etc.


by musasinokosugi
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

スターリン主義とトロツキスト。

①自分のことをスターリニストだと自称する人は殆どいないだろう。ソ連共産党・フルシチョフ書記長の、いわゆる「スターリン批判」以来彼の評判はすこぶる付きで悪いからだ。

 
 一方トロツキーは白軍との内戦の真っ最中、革命軍(赤軍)を率いてロシア全土を股にかけて闘い続けた猛将であるが、後にロシア共産党の全権を握ったスターリンに追放され、更には亡命先まで追いかけて来たスターリンギャングの手先によって頭をピッケルでかち割られて暗殺された悲劇の革命家である。

 これも自分から、自分はトロツキストであると自称する人は少ないようで、私の知る範囲では太田 竜氏くらいのものだ。彼は『プロレタリア軍団・武装蜂起準備委員会』(プロ軍)という恐ろしい(?)名前のセクトのリーダーで、数々の面白い著述を残した。≪プロ軍≫は名前程の過激な行動はとらず、新左翼系各派とは共闘はしたものの武器を集めたりなどもしなかったから、他派からは「いつまでも準備している人たちだ」と揶揄されたりした。

②レーニン死後スターリンは徐々にロシア共産党中央委員会の内局を握り、トロツキーのみならず数々の古参ボルシェビキらを粛清・処刑した。思想的には≪マルクス・レーニン主義≫なるものを勝手に発明し、己の思想のみがレーニンの革命思想を継承する唯一絶対の思想であるとした。

 ロシア人民の意志・意向はソビエト(人民会議)が代弁・代行し、ソビエトの意志・意向は共産党が代弁・代行する。共産党の意志・意向は党中央委員会が、更には中央委員会の意志・意向はそのトップたるスターリンが代弁・代行する。煎じ詰めればロシア人民の意志・意向はスターリン一個人によって代弁・代表されてしまう。これが『トロツキー三部作』を著述したドイッチャー言うところの『代行主義』である。彼も「ミイラ取りがミイラになる」式に、トロツキーを批判するために彼の著作を読んだところ逆にトロツキーの思想に感化されてしまった口である。私自身はドイッチャーの『トロツキー三部作』を読んでトロツキーが好きになった。

③トロツキーが主張したのは、ロシア革命がロシア一国の範囲内に留まっていたのではやがて衰退~消滅する。革命の嵐は必然的に世界各国に延焼・延長せざるを得ないというもので、これが言うところの『永続革命論』(パーマネント・レボリューション)である。トロツキーにはスターリンに対抗して自己の思想の正統性を強調したいがため、自分とレーニンの考え方の同調性を強調し過ぎたきらいがあるが、本当はトロツキー本人の思想の方がレーニンよりも進んでいた側面があったのである。

 これに対してスターリンの主張は(列強の干渉があったものの)ロシア一国の『一国革命論』で、何が何でもロシアを第一に考えろというものだった。このため彼が『コミンテルン(即ち第三インターナショナル)』を組織したときは、ロシア一国が唯一絶対の革命の中心とされ、その他各国の共産主義政党は『革命の祖国を守れ』というスローガンの下、全て革命ロシアを援護するための方便、ロシア共産党支配下の支局とされてしまった。我が日本共産党もその一つで、日和見主義者たる彼らが曲がりなりにも「スターリン批判」を始めたのはフルシチョフのスターリン批判以降だった。ちなみに、埴谷雄高はフルシチョフよりずっと以前からスターリン批判を展開していた。

④新左翼諸派は日本共産党のことを『スターリン主義者・スターリン主義政党』だと言い、逆に共産党の方は新左翼のことを、あれはトロツキストで、共産党を攻撃するための≪権力の手先≫であって、間違っても「左翼」などではない≪反革命≫分子であると決めつけた。

≪新左翼≫の由来は元々は『60安保闘争』への反省から出発している。あれだけ連日国会周辺をデモの波が包囲し続けたのに、なぜ政変・変革(革命)が起こらず、せいぜいのところ岸から池田への自民党内のバトンタッチで終わったのか。三派に代表される新左翼各派は、その原因は『革命党の不在』にあると考えた。
 
 これにはレーニンがあげた「革命が成就するための三つの条件」が関係して来るだろう。
 それは:

1.支配者がこれまで通りの政策では政権を維持出来なくなっていること。
2.人民大衆の圧倒的多数が現政権に非和解的な不満を抱いていること。
3.そして最後に、彼ら一般大衆を正しい方向へ領導し得る≪革命党≫が存在することである。

 新左翼各派を立ち上げた連中は、社会党や共産党は革命など目指していないし、目指したところで社共の才覚では到底実現しないと判断したわけである。それで次回の『安保改定』が1970年に必ず来るため、『70年安保』へ向けての大闘争構築の準備を彼らは始めたわけである。

⑤『一国社会主義』というよりも『社会主義≪国≫』というものがそもそも言葉の矛盾である。社会主義と国家とはそもそも両立しない概念なのである。社会主義実現のためには≪国家≫という制度は桎梏であり邪魔なのである。現実の世界には自称・他称の≪社会主義国≫は幾つかあるが、トロツキストっぽい私に言わせれば、それらはみな『スターリン主義国家』群である。あっそ。

 中ソ対立の際に中国は、「ソ連はスターリンの教えに背いている」と言って批判した。これもスターリン主義国家の一形態であるから、中国シンパたる≪京浜安保共闘≫と反スターリン主義の≪赤軍派≫との結合など、土台出来ない相談だったのである。

 北朝鮮に至っては≪世襲制の社会主義国≫って、あれはいったい何だ?!と言いたくなる。

・・・といったところで、今日はおしまい。w

d0136282_1561487.gif
d0136282_1562929.gif
d0136282_1564134.gif
d0136282_1565352.gif
d0136282_1571119.gif



[PR]
by musasinokosugi | 2013-10-23 10:49 | 時事