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by musasinokosugi
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素粒子・国籍・ノーベル賞。

Excite エキサイト : 社会ニュース
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 『青雲の志』とでも言おうか、30年も40年も前の論文が今になってノーベル財団によって評価され、日本人の基礎物理学者三名が一挙にノーベル賞を独占受賞したが、うち故湯川博士に触発されてこの学問に身を投じた南部先生はいわゆる『頭脳流出』の先駆で、1958年には既にシカゴ大名誉教授に招かれその後米国籍を取得され現在に至っている。
 物質の根源から宇宙開闢の謎に迫るこの基礎物理学の分野は、60年~70年代を通して盛んに研究されたが、そもそも古代ギリシア以来物質の根源とされ、これ以上は分割不可能という意味で「原子即ちアトム」と命名された究極の物質単位が実は内に構造を持ち、更なる分解可能な要素を内在することが判明して以降は、このいわゆる『素粒子』学の分野はますますもって深化の一途を辿っているのである。

 私も昔は物理学など皆目わからないまま宇宙開闢の歴史には興味を抱いて、例えば『素粒子』(1961年。湯川秀樹他共著。岩波新書)とかその他素人向けガイドブックにはあちこち手出ししたものである。『宇宙開闢~ビッグバン』などという、この宇宙にも始まりがあって終わりもあるという議論など当時の一部若者たちには極めて刺激的・挑発的であって「では宇宙が始まる前世界はどうだったのか?」とか「宇宙の果ての更に外側はどうなっているのか?」など、長屋談義で考え始めると頭がおかしくなってしまうしかないテーマだったのである。

 今も覚えている仮説で一つ例を挙げると、これも湯川博士の提唱したものだったか『非局所場の理論』(ノン・ローカル・セオリー)というのがあって、これは量子力学の分野の議論と思うが原子を構成する電子というものは言わば『雲』のような存在で「そこにある」ことは確実だが「ではどこにあるのか?」とその居場所を特定しようとすると途端にするりと逃げられてしまうというもので、このネーミングが実に御洒落で「この理論は《田舎の論理》じゃなくて全世界・全宇宙に遍く通用するものですよ」と行間に主張するものだったから、我々にとっては拍手喝采ものの文句なしの命名だったわけである。(←このあたりは学問的に正確な記述であるという自信はない。汗)

 さて、ここに『ノーベル財団のポリシー』というか、「なぜ今?」といぶかしく思われる方もいるだろうが、南部理論を継承した小林・益川のお二人が理論上予測し存在を予言した「六つ目のクォーク」が発見されたのは1995年になってからだったのである。
(後註:とは書いてみたものの、今朝10/09のテレビを見ると、自称《ノーベル賞ウォッチャー》の益川先生も「これは日本人を集めたな」という感想を抱いたということである。)
 物理学の世界は吉本隆明大先生の嫌いな「実証主義」が幅を利かせている世界であって、原理は原理、理論は理論であって、それを実験が跡づけ実証し、学会の論文がそれを多々引用して初めて、理論はオーソリティから認知されるのである。
 今クォークという物質の究極の構成単位は、巨大な高エネルギー加速機を作動させ、粒子同士を激突させて初めて、我々の前に瞬時姿を(←というよりは正確にはその足跡を?)垣間見せるのみである。

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↑ 写真は畳屋さんから無断で拝借しました。ちゃい。
cf.成田畳店

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「若者同士の議論を」=京大生らにメッセージ-恋愛のコツも伝授・益川さん
jiji.com

 「若者同士の議論を」-。ノーベル物理学賞受賞が決まった京都産業大教授の益川敏英さん(68)は8日午後、名誉教授を務める京都大で学生ら約500人を前に講演した。「同じ発達段階にある者が激論することは非常に重要」「一つの学問を究めたら、似た学問を半分ぐらいの情熱でかじってみるのも悪くない」。恋愛のコツの話などで時折会場をわかせながら、熱く語った。(2008/10/08-20:15)

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cf.クォーク

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cf.中間子

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 益川先生(68歳)は日頃から睡眠四時間であるというからナポレオンと同じである。この人も「死んでからゆっくり寝ていられる。今寝るのは時間がもったいない」という合理主義(?)に立脚する人のようである。
「四時間では体が保たない」とまず考えるのが我々凡人であるが、これは日頃からの日々の鍛錬で克服出来るものらしいから、お若い方は「思い立ったが吉日」、今からでも遅くはないから睡眠一日四時間に挑戦してみるのも一考である。この『体質改善(?)』が成功すれば一日20時間は覚醒して(かどうか)自由に(?)使える♪
 テレビのインタヴューに答えて「占いは信じない。自然界に生起する事象の答えは全て自然界にある」と言ってらした。京大系の学者先生は一般に反骨精神豊かなユニークな人が多く、この点があくまで『官』中心の東大とは異なっているところである。

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2008年10月8日 19時13分 『毎日jp』
<ノーベル化学賞>下村脩・米ボストン大名誉教授ら3博士に

 スウェーデン王立科学アカデミーは8日、08年のノーベル化学賞を下村脩・米ボストン大名誉教授(80)ら3博士に授与すると発表した。受賞理由は「緑色蛍光たんぱく質(GFP)の発見と発光機構の解明」。下村氏らが見つけたGFPとその遺伝子によって、たんぱく質を蛍光標識し、脳の神経細胞の発達過程や、がん細胞が広がる過程などを生きた細胞で観察できるようになった。分子生物学や生命科学の発展に大きく貢献したことが高く評価された。

 日本人のノーベル賞受賞は7日の物理学賞3人に続いて16人目。化学賞は福井謙一氏(故人)、白川英樹氏、野依良治氏、田中耕一氏に続き5人目。年間の受賞者数も過去最多の4人となった。

 授賞式は12月10日にストックホルムで開かれ、下村氏ら3人に賞金1000万クローナ(約1億4000万円)が3分の1ずつ贈られる。

 下村氏は、1962年にオワンクラゲから緑色蛍光たんぱく質(GFP)を初めて発見した。さらに分離・精製にも成功した。このGFPは、紫外線を当てると発光する。その後、92年に別の研究チームがGFPの遺伝子を特定し、複製に成功。さらに別のチームが、異種の細胞内にGFPを導入し、発色させることに成功した。

 GFPの発見以前は、たんぱく質を蛍光標識する際、たんぱく質を一度精製した上で蛍光物質を付け、蛍光標識したたんぱく質を生きた細胞内に注入するなど、煩雑な作業が必要だった。GFPは、他のたんぱく質の遺伝子に融合させ、細胞内に入れるだけで、細胞内の好きな場所で蛍光を作り出せる。そのため、目的の遺伝子が生きた細胞内のどの場所で働いているか調べられるようになり、これによって分子生物学や生命科学などの研究が大きく進展するようになった。

【略歴】下村脩(しもむら・おさむ)氏 1928年京都府出身。51年に長崎医科大付属薬学専門部(現長崎大薬学部)を卒業。60年に米プリンストン大に研究員としてフルブライト留学した。63年名古屋大助教授、65年プリンストン大上席研究員、82年米ウッズホール海洋生物学研究所上席研究員(01年退職)。主な受賞として、04年にPearse Prize(英国王室顕微鏡学会)、07年に朝日賞がある。米マサチューセッツ州在住。

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 この先生も海外流出組である。

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2008年10月8日 17時19分 J-CASTニュース

「ノーベル物理学賞日本人3人が独占」 欧米では「米国人1人、日本人2人」

「ノーベル物理学賞を日本人3人が独占した」。2008年10月8日付けの新聞各紙は誇らしげにこう報道した。もっとも、世界の有力紙を見ると「アメリカ人が1人、日本人が2人」になっている。どうしてこんな違いが生じたのか。
王立科学アカデミー発表では日本国籍は2人

8日付けの朝日新聞を見ると、一面トップで「ノーベル賞 日本人3氏」という大見出し。スウェーデン王立科学アカデミーは08年10月7日に南部陽一郎氏(87)、小林誠氏(64)、益川敏英氏(68)の「日本人計3人に贈ると発表した」とし、
「日本人のノーベル賞受賞は02年以来で13、14、15人目。物理学賞は同年の小柴昌俊・東京大特別栄誉教授に続き、5、6、7人目」

と書いている。他の新聞も似たような書き方だ。

しかし、世界各国の有力紙を見て見ると、
「物理学2008のノーベル賞は、アメリカのヨイチロウナンブと2人の日本人に与えられました」(仏:ルモンド電子版)「アメリカ人と2人の日本人の物理学者がノーベル物理学賞を勝ち取りました」(米:ニューヨークタイムス)「2人の日本人の科学者と東京生まれのアメリカ人が素粒子の発見で、2008年のノーベル物理学賞を受賞したと発表されました」(英:ロイター)「米国の研究者ヨイチロウナンブと、日本の同僚が今年の物理学ノーベル賞を受けることになった」(独:ディ・ヴェルト)

となっていて、日本人3人が独占、という表現は見当たらない。

ちなみに、アカデミーが発表した公式リリースには、小林氏、益川氏は日本国籍で、南部氏はアメリカ国籍とはっきり記されている。南部氏は1921年に東京で生まれたが、70年に物理学の研究を続けるために米国に帰化。シカゴ大学で半世紀に渡り研究に打ち込んで、現在はシカゴ大学名誉教授。「日本人3人がノーベル賞を受賞」や「日本人のノーベル賞受賞は15人」という表現が正確なのか疑問が残る。
「どこまで日本人と表記するかは新聞社の判断」

朝日新聞に対し、なぜ海外の報道と日本の報道にズレがあるのか聞いてみたところ、同社広報部は、
「南部陽一郎氏についてノーベル賞委員会がアメリカ人と発表していることは承知しています。 南部氏は小、中、高、大学と日本で教育を受け、湯川秀樹氏の薫陶を受けて理論物理学者の道に進み、大阪市立大教授になったあと、朝永振一郎氏の推薦で渡米しそのまま米国に研究の場を構えました。 ただ、現在も大阪市立大名誉教授であり、大阪大学に特別研究室をもち、大阪府には自宅があります。そうした実情を総合的に考え、見出しや前文などでは、小林、益川両氏を含め、日本人3人に物理学賞授賞と表記する一方で、略歴などでは南部氏について『米国籍』と明記しています」

と回答した。

別の大手新聞社は、アカデミー側が「受賞したのは日本人2人、アメリカ人1人」と発表したのは知っているが、
「どこまで日本人と表記するかは新聞社の判断で、今回の場合、3人としたほうが紙面的にもインパクトがあり、特に間違っている表現ではないと考えている」

ということだった。 

確かに、日本人という定義はあいまいだ。日本の国籍ありなしは関係ないというのが日本の新聞社の考え。外国に帰化しても日本人。つまり「民族」に重きを置いているのだろう。ただ、国際社会では国籍で判断するようだ。帰化した時点で、南部氏も日系の米国人と呼ぶのが正しいことになる。

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*昨日は何気にTBを試みたところ141というこのblog始まって以来の多数のアクセスを得たので(感謝)、今日も『柳の下の泥鰌』を試みたが結果は・・ちょっと無理かな。汗。
 ちなみに141という数はこことしては3~4週間分のアクセス数であります。ぁそ。

by musasinokosugi | 2008-10-08 21:42 | 時事