時事、写真、身の回りの事、etc.


by musasinokosugi

<   2013年 10月 ( 11 )   > この月の画像一覧

①アクセスがどうのこうの言っていたら、自分の体調がおかしくなって、そう遠くもないこの喫茶にも通えなくなってしまった。今日は他にも用事があったため、少々無理してやって来た。一週間ぶりのご登場である。あそ。

②阪急の社長は「誤表示だ」「連絡不十分だ」「現場の認識不足だ」云々と言い続けた挙句辞任した。
「誤表示に過ぎない、悪意はなかった」と言い張りたいのならそれはそれで結構だが、それならなぜ7年間もの間、47品目全ての食材で安いものをより高く誤表示し続けたのか。私はあんな高い店に行くことはない人間だが、「仕事を頑張った自分へのご褒美♪」だと奮発したどこかのお姉さんこそいい面の皮である。

 あそこの「フレッシュジュース」はフレッシュでも搾り立てでもないのに一杯1,400円もしたのだ。私だったら、1,400円もあったら700円のランチを2回食べる。いや、百円の缶ジュースを2週間呑むかも知れない。

 法的には詐欺罪の成立は難しいということであるが、常識的には阪急のやり方は「羊頭狗肉」の詐欺商法そのものである。

③壊れているのは阪急の中枢部だけではない。JR北海道、東電、みずほ、黒猫ヤマト、どこかの米流通業者etc.みな度し難い不正に手を染めている。この国はもう終わったのか。


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by musasinokosugi | 2013-10-31 11:53 | 時事

党派・宗派。

①最近ここのアクセス数の最高が40だったのが、昨日やっと二つばかり超えた。おめれっと。たまにでいいから50~100位来てくれたら嬉しい。アクセスは全部PCからということで、ここはそんなところだろうと思う。

②宗教の話から言うと、春先毛馬橋の公園で鳩・雀相手に餌を蒔いていたら、私がほぼ蒔き終わるのを待って背後から二人の中年女性が現われて話し掛けて来た。何の用事かと思ったら、まずは私がしていた餌蒔きのことを訊くので通り一遍のことを応えていたら、そのうち「実は私たちは・・・」と彼女らは本題を切り出して来た。勧誘というか情宣というか、自分たちの宗教の宣伝をしたくて、公園に一人居る男を捕まえにかかったのである。

 いささか迷惑に感じたが、急ぐ用事も無かったから少しの間相手をしていた。
 二人は日蓮正宗だというのでてっきり創価学会だと思ったら、そうではないと言うのだ。
 彼らが言うには、池田大作率いる創価学会は日蓮正宗を破門された連中で、日蓮正宗の本流は自分たちであるとのことだった。その他、池田大作氏は既に死んでいるがマスコミはそれをひた隠しにしているなどいろいろなことを代わる代わる言っていたが、私はその内容の大半を今は忘れてしまった。

 彼らは桜ノ宮の近くに自分たちの教会があるので、お暇なときには雑談をしにでもいいから寄って下さいと言い、私は、自分は無信心の人間だが雑談なら拒否するものではない、機会があったら寄らせてもらうと答えてその場を去った。

②宗派でも党派でも同じことだが、彼らの眼目は「唯我独尊」であり、自分たちの教義だけが正しく唯一絶対のものであると思い込んでいるしそのように主張する。党派(宗派)の連中というのは自分(たち)中心にしか物事を考えられない連中である。
 日本共産党などはそのいい例だ。彼らにあっては「権威は一つあればいい」のであって、この日本に「革命党」は共産党が一つあればよく、他に「革命党」を自称するものがあればそれはまがいものだと言いたいのだが、そんな我田引水的主張は共産党支持者以外は誰も信用しない。

 革新的党派に限らず、国会内の「多弱」諸派も共産党との共闘は拒否する傾向が強いから、彼らは今彼らの言う「民主連合政府の樹立」などは「それは我々のロマンです♪」などと言って、未来の遥けき彼方へ投げやってしまった。
 公安調査庁は余程仕事がないのか、未だにこんな共産党を調査対象から外していない。昔、「もし共産党が政権を取ったら自分は反乱する」と公然と言い放った自衛官がいたが、あんなのは単なる時代錯誤で、現実離れの度合いが強過ぎる言動だろう。
 共産党は革命党などではなく、共産主義とも縁もゆかりもない法螺吹きどもの集まりである。

③埴谷雄高は「奴は敵だ。敵は殺せ」が政治の究極の論理だと言った。彼は革命家になる条件として25歳以下であることを挙げ、革命が成就した暁には革命家は自殺すべきだとした。
 自殺どころか、今どき国会内のどの自称「政治家」を見ても、「俺だけはいつまでも政権内・国会内に居残り続けてやるぞ!」とのたまっている奴らばかりである。

 衆議院の総選挙は2016年までない。16年より前に衆参ダブル選挙をやるという思惑も自民党サイドにはあるらしい。
 いずれにせよ安倍ポンは見事に大勝したのだから、改憲でも軍国化でも好きなようにやったらいい。数はあるのだ。それを選んだのは我々国民だ。
 そうであるならば、「多弱」なんかには間違っても期待などせず、全国各地の云わば「井戸端会議」の噴出に望みを託す方が賢いだろうというのが、私の先日の「市民会議」の提案である。これは「空想より科学へ」ではなく「科学より空想へ」の提案である。その辺の下手な宇宙より(はあ?)、我々の頭の中の方が遥かに広いのである。w


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by musasinokosugi | 2013-10-24 11:09 | 時事
①自分のことをスターリニストだと自称する人は殆どいないだろう。ソ連共産党・フルシチョフ書記長の、いわゆる「スターリン批判」以来彼の評判はすこぶる付きで悪いからだ。

 
 一方トロツキーは白軍との内戦の真っ最中、革命軍(赤軍)を率いてロシア全土を股にかけて闘い続けた猛将であるが、後にロシア共産党の全権を握ったスターリンに追放され、更には亡命先まで追いかけて来たスターリンギャングの手先によって頭をピッケルでかち割られて暗殺された悲劇の革命家である。

 これも自分から、自分はトロツキストであると自称する人は少ないようで、私の知る範囲では太田 竜氏くらいのものだ。彼は『プロレタリア軍団・武装蜂起準備委員会』(プロ軍)という恐ろしい(?)名前のセクトのリーダーで、数々の面白い著述を残した。≪プロ軍≫は名前程の過激な行動はとらず、新左翼系各派とは共闘はしたものの武器を集めたりなどもしなかったから、他派からは「いつまでも準備している人たちだ」と揶揄されたりした。

②レーニン死後スターリンは徐々にロシア共産党中央委員会の内局を握り、トロツキーのみならず数々の古参ボルシェビキらを粛清・処刑した。思想的には≪マルクス・レーニン主義≫なるものを勝手に発明し、己の思想のみがレーニンの革命思想を継承する唯一絶対の思想であるとした。

 ロシア人民の意志・意向はソビエト(人民会議)が代弁・代行し、ソビエトの意志・意向は共産党が代弁・代行する。共産党の意志・意向は党中央委員会が、更には中央委員会の意志・意向はそのトップたるスターリンが代弁・代行する。煎じ詰めればロシア人民の意志・意向はスターリン一個人によって代弁・代表されてしまう。これが『トロツキー三部作』を著述したドイッチャー言うところの『代行主義』である。彼も「ミイラ取りがミイラになる」式に、トロツキーを批判するために彼の著作を読んだところ逆にトロツキーの思想に感化されてしまった口である。私自身はドイッチャーの『トロツキー三部作』を読んでトロツキーが好きになった。

③トロツキーが主張したのは、ロシア革命がロシア一国の範囲内に留まっていたのではやがて衰退~消滅する。革命の嵐は必然的に世界各国に延焼・延長せざるを得ないというもので、これが言うところの『永続革命論』(パーマネント・レボリューション)である。トロツキーにはスターリンに対抗して自己の思想の正統性を強調したいがため、自分とレーニンの考え方の同調性を強調し過ぎたきらいがあるが、本当はトロツキー本人の思想の方がレーニンよりも進んでいた側面があったのである。

 これに対してスターリンの主張は(列強の干渉があったものの)ロシア一国の『一国革命論』で、何が何でもロシアを第一に考えろというものだった。このため彼が『コミンテルン(即ち第三インターナショナル)』を組織したときは、ロシア一国が唯一絶対の革命の中心とされ、その他各国の共産主義政党は『革命の祖国を守れ』というスローガンの下、全て革命ロシアを援護するための方便、ロシア共産党支配下の支局とされてしまった。我が日本共産党もその一つで、日和見主義者たる彼らが曲がりなりにも「スターリン批判」を始めたのはフルシチョフのスターリン批判以降だった。ちなみに、埴谷雄高はフルシチョフよりずっと以前からスターリン批判を展開していた。

④新左翼諸派は日本共産党のことを『スターリン主義者・スターリン主義政党』だと言い、逆に共産党の方は新左翼のことを、あれはトロツキストで、共産党を攻撃するための≪権力の手先≫であって、間違っても「左翼」などではない≪反革命≫分子であると決めつけた。

≪新左翼≫の由来は元々は『60安保闘争』への反省から出発している。あれだけ連日国会周辺をデモの波が包囲し続けたのに、なぜ政変・変革(革命)が起こらず、せいぜいのところ岸から池田への自民党内のバトンタッチで終わったのか。三派に代表される新左翼各派は、その原因は『革命党の不在』にあると考えた。
 
 これにはレーニンがあげた「革命が成就するための三つの条件」が関係して来るだろう。
 それは:

1.支配者がこれまで通りの政策では政権を維持出来なくなっていること。
2.人民大衆の圧倒的多数が現政権に非和解的な不満を抱いていること。
3.そして最後に、彼ら一般大衆を正しい方向へ領導し得る≪革命党≫が存在することである。

 新左翼各派を立ち上げた連中は、社会党や共産党は革命など目指していないし、目指したところで社共の才覚では到底実現しないと判断したわけである。それで次回の『安保改定』が1970年に必ず来るため、『70年安保』へ向けての大闘争構築の準備を彼らは始めたわけである。

⑤『一国社会主義』というよりも『社会主義≪国≫』というものがそもそも言葉の矛盾である。社会主義と国家とはそもそも両立しない概念なのである。社会主義実現のためには≪国家≫という制度は桎梏であり邪魔なのである。現実の世界には自称・他称の≪社会主義国≫は幾つかあるが、トロツキストっぽい私に言わせれば、それらはみな『スターリン主義国家』群である。あっそ。

 中ソ対立の際に中国は、「ソ連はスターリンの教えに背いている」と言って批判した。これもスターリン主義国家の一形態であるから、中国シンパたる≪京浜安保共闘≫と反スターリン主義の≪赤軍派≫との結合など、土台出来ない相談だったのである。

 北朝鮮に至っては≪世襲制の社会主義国≫って、あれはいったい何だ?!と言いたくなる。

・・・といったところで、今日はおしまい。w

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by musasinokosugi | 2013-10-23 10:49 | 時事
①昨日の続きである。昨日私は1968年には自分はまだ東京に居なかったと書いたがそれは私の錯覚で、実はその秋には既に東京にいて、ただ外出することは殆どなく、ただひたすら自室に籠って悶々たる日々を送っていた。
 それで10月21日の翌日には新宿駅の様子を見に当時住んでいた中野から電車で行っているのである。

 機動隊が前日余程催涙弾を乱発したのか、駅構内はまだ幾分煙っていて、催涙ガスの臭気があたり一面に漂っていたことははっきりと記憶しているが、その後どうしたかはまったく記憶にない。駅から外には出なかったから、どこか別の場所へ行ったか、それともすぐ家に引き返したかのどちらかだ。

②全学連は当時Zengakurenという英語にもなったくらい世界的に知れ渡っていた。正式には全日本学生自治会総連合と言い、大別すれば三派系と民青(日共)系の二つの潮流があった。何も知らない人のために付け加えておくと、民青とは正式には民主(主義?)青年同盟と言い日本共産党の青年組織でこれは今もある。
 「サンパ」ばかりが目立つ御時勢だったので、彼ら民青もときに工事現場のようなお揃いの黄色いヘルメットを被って新左翼系の学生たちと対峙し、機動隊に対しては決して投げない石ころをガンガン投げ続けたりしていた。それが顔面に当たって大怪我をした学生を私は見ている。私は当時「ノンポリ」(これはノン・ポリティックスつまり政治には無関心・無関係の人間を指す蔑称)だったが、こういうことがあったから共産党~民青は嫌いになり、それは四十数年を経た今でも続いている。

③サンパの一翼を担うブント(社学同)は60年安保当時からあるいわば老舗で、これから別れたのが京大ブントを中心とした≪赤軍派≫である。彼らのうち一部幹部連中は日航機をハイジャックして北朝鮮に事実上亡命した。先鋭化し小数化した赤軍は栃木県のとある銃砲店を襲撃して猟銃数丁と弾薬を奪い、銀行強盗などもしただろうか、「京浜安保共闘」というこれも過激な小数組織と合体して≪連合赤軍≫を結成した。
 彼ら連合赤軍は逃亡の果て榛名山中に山岳アジトを形成し、そこで何人もの仲間を≪総括≫という名目でリンチ殺人して埋めた。彼らのうちある者は拘置所内で首を括り、ある者は服役し刑期を終えてから居酒屋を営んだりした。
 彼らが「浅間山荘事件」という警察との間の銃撃戦を引き起こしたのは仲間殺しの後、いよいよ行き場が無くなってからのことである。この銃撃戦はテレビ各局でライヴ中継された。

④ドストエフスキーが『悪霊』の中で描いたように、ある秘密結社が仲間内の結束をより強固なものにするためには、この≪仲間殺し≫は悪魔的ではあるがすこぶる有効な手段の一つである。無論こんな手法は一般市民には到底受け入れられるものではないから、この事件は全共闘運動を衰退へと導いた一つの大きな要因である。
 
 あれだけ隆盛を極めた全共闘運動を衰退させたもう一つの要因は『中核vs革マル』の内ゲバ(?)である。この両者の出自は同じ「革命的共産主義者同盟」(革共同)で、彼ら双方の幹部連中は若い頃連れ立って吉祥寺の故・埴谷雄高邸を訪問したものだと、これは埴谷自身が述懐している。
 
 文化人・作家等の有志が連名で、この中核対革マルの際限もない相互テロ=殺し合いを中止するよう呼びかけたが、両者は共に相手のことをスパイ呼ばわりして殺し合いを止めなかった。埴谷は勿論この声明文に署名したが、吉本隆明は「そんなのは無効だ。殺し合いたいのなら勝手にやらせておけ」と署名を拒否した。
 吉本自身の全共闘系との接点というかスタンスは、社学同(ブント)の「情況派」というところの集会では講演することがあったらしいが、私は行ったことがない。

⑤革マル派に関しては私は身近な接点が少なかったので詳しいことは何も知らない。彼らは「学習会」を重ねて仲間を増やして行くのが得意(?)のセクトで、デモをするにしても全共闘のようないわゆる「武闘路線」(と言ってもせいぜいのところ角材を振り回したり、石を投げたりする程度で、赤軍のように「革命には銃火器が不可欠だ」と銃砲店を襲うようなことはなかった。)とは距離を置いていたと思う。捕まるだけ馬鹿らしいという考え方かも知れない。

⑥革マル派からは「八派よれよれ」と揶揄された≪全国全共闘≫(←これは実は全共闘運動が下火になってから新左翼八派が中心となって結成した共闘組織であった。)の中には≪フロント≫(社会主義同盟)という組織もあった。これは元々は共産党から除名された者たちが起こした党派で、ウィキペディアにはこうある。

   ↓

 この組織の源流は、綱領草案に反対して反党分派活動をおこなったとして1961年に日本共産党から除名された春日庄次郎、内藤知周らが結成した「社会主義革新運動準備会」である。「準備会」から一部メンバーが分離し、1962年5月、春日庄次郎、山田六左衛門、安東仁兵衛らを中心に「統一社会主義同盟」(統社同)が結成された。当時の機関紙名は『平和と社会主義』だった。

「フロント」という名称は、「統一社会主義同盟」の学生組織「社会主義学生戦線」の通称「フロント」に由来し、これがこの党派全体の通称となった。

フロント派は、1960年代後半の全国での大学学園闘争の高まりの中で左右の対立が激化し、1969年の同盟大会でそれまで旗印としてきた構造改革路線の「止揚」を確認し、機関誌を『先駆』に改称した。同年、日比谷野外音楽堂で行われた全共闘結成大会に、主要セクトのひとつとして参加している。当時の中央委員会議長は朝日健太郎(同名のビーチバレー選手とは別人)で、在籍者としては仙谷由人、阿部知子、岡留安則などがいた。

その後、1970年12月に党名を「日本共産主義革命党」(共革党)に改称、1987年、さらに現在の「フロント[社会主義同盟]」に改称した。

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 以上引用終わり。
 全共闘についても触れる予定だったが、長くなり過ぎたので今日はこれまで。ちゃい。


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by musasinokosugi | 2013-10-22 12:42 | 時事
今日は10・21(これはジュッテンニイイチ、もしくはジッテンニイイチと読む)国際反戦デーである。これについて詳しく知りたい人はウィキペディアへ行って下さい。私はウィキへこれまで何度もリンクを張ろうと試みたが、このPCでは全てアドレスが文字化けしてしまって、一度もリンクに成功したことがない。

 それで例によって、私の話はすべて昔話であるからかいつまんで話すと、1968年のこの日は主に東京・新宿でデモ隊が大荒れして、「騒乱罪」というものが初めて適用された。私は当時は東京に居なかったので、詳しい話は知らない。
 当時はヴェトナム戦争真っ最中の時代で、アメリカは最大で50万人を超える兵力をヴェトナムに投入して「ヴェトコン」と闘っていた。ここにベトコンというのは「ベトナムのコミュニスト」という意味の蔑称であり、正しくは「南ヴェトナム民族解放戦線」という。「北」は当初国境(北緯17°の臨時境界線)を超えての参戦は否定していたが、アメリカはトンキン湾事件を口実にお構いなくいわゆる「北爆」を開始~拡大して、世界中からごうごうたる非難を浴びた。

 それでアメリカがバックアップしていた南ベトナム政府は米軍の段階的撤退を受けて解放戦線に攻め滅ぼされ、時は流れて今はベトナムとアメリカとは国交回復している。

 ベトナム戦争反対の行動はヨーロッパでも日本でも広範に起きた。韓国ではどうだったろうか。韓国は一時期ベトナムに軍を派兵している。
 
 1967年の10月8日にはエンタープライズという米空母の佐世保入港を阻止しようと、東京から、いうところの「三派系全学連」が佐世保に集結して激しいデモを繰り広げた。若かりし頃の糸井重里などもこれに参加して、佐世保へ向かう列車の中で取材を受けた映像が後年公開された。
 この「10・8エンプラ入港阻止」闘争から三派系~更には新左翼系の学生運動が興隆して行くのである。
 ここに「三派」というのは社会主義学生同盟(ブンド)、マルクス主義学生同盟中核派、そして社会主義青年同盟解放派の三派のことを言う。
 あと≪新左翼≫ということになるともっともっと様々な諸派があって今の私には全部は紹介し切れない。

 これらのセクトとは別に「ベトナムに平和を!市民連合」(通称べ平連)というのもいつからか出来ていた。これにも諸派というか様々な潮流が生まれて、温厚そのもののデモや集会をする人たちもいたし、逆に、黒ヘルメットを被って三派顔負けの激しい街頭行動を展開するグループもいた。

 そんなこんなで、今から40年も前の学生さんたちはずっぽりと≪政治の季節≫の只中に身を投じていたわけである。この話は話し出すと際限が無くなるので、今回はここまでとする。ぁっそ。

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by musasinokosugi | 2013-10-21 18:08 | 時事
今朝のTBSで今の政界を≪一強多弱≫と呼んでいた。これはTBSの造語だろうか、地震関連で言えば、南海トラフが引き起こすであろう巨大地震の予兆のことを≪スロークエイク≫と呼ぶのもNHKスペシャルの造語らしいし、メディアの一列横並びも今や壊れつつあるのだろうか?(笑)

 それで今、秋の臨時国会が開会中であるが、TBSの世論調査によれば:

自民党の支持率が単独で36.9%
他の野党総数の支持率が13.6%

だと言うのである。これが≪一強多弱≫と呼ぶ数字的根拠である。野党集団は現在≪党≫と呼ぶよりは弱小諸派の寄せ集めに過ぎない。

 ここに与野党どちらをも支持しないその他≪支持政党なし≫という人々も仮に一つの勢力と見なせば、これは「一強」ではなく「二強」だということになる。但しこの≪支持政党なし≫という人々が一致結束してなんらかの政治行動を起こす可能性などは殆どゼロに近い。そして、私が今夢想する≪日本市民革命≫とでも呼ぶべき革命はこの可能性に期待するものである。

≪市民連合による革命≫なんて本当に可能だろうか。

  前提としては日本中あちこちで、どの政党の影響下にも入らない市民集団の会話・集会の渦が、自然多発的に発生する必要がある。それを惹起するのは自民党に匹敵する第二の多数派「無党派層」の決起である。

①市民革命実現のためには国軍即ち日本で言えば自衛隊を一般市民が掌握することが不可欠である。私は暴力革命などまったく望まない者であるが、一種暴力装置を持たない権力は権力とは言えない。強制力というものが発生しないからだ。国軍がもし分裂したなら(革命に反対する者たちの出方にもよるが)ロシア革命時のような国を挙げての内戦状態も招来しかねない。

 自衛隊は大きな組織であるから、隊員の中には創価学会信者もいれば、隠れ共産党支持者もいる。(隠れ共産党員はどこにでもいるが、隠れ(?)民主党支持者がいるかどうかは知らない。笑)

 もし自衛隊全体を市民が掌握出来たなら、その力をもって今度は警察機構全体を掌握し解体~再編する。
 警察というところはどこの国でも、日常的に一般市民を監視し支配する組織だから、一番最後に革命の隊列に加わるとされる。これはレーニンも言っていたことで≪兵士≫というものは一般市民・農民から徴集されているから、非常時になって彼ら兵士が「一般市民・農民に銃を向けろ!」などと命令されようものなら、即「そんなことは嫌だ」と≪反乱≫を起こすというのである。
 自衛隊は徴兵された組織ではないが、もし仮に≪内乱鎮圧≫などに出動させられたなら、それに反発する隊員も数多く出るだろう。自衛隊員には警察のような逮捕する権限はないが内乱軍を殺す権限ならある。

②話がウルトラパラノイア状態になって来たが、まだ空想は続く。あちゃ。
 市民連合は自衛隊を使って警察のみならず国会も裁判所も押さえ、全国各地の統治機構を解体・再編・支配する。自衛隊と警察という二つの強制力を持ったなら、我が革命軍には怖いものは何もない。(いやアメリカ軍や中国軍など諸外国の勢力が怖いかも知れないが、私はまだそこまで夢想していない。あっちゃ。)

 メガバンクなども革命の側が早く手を打って押さえつけないと、彼らは身ぐるみ持って海外へ逃げ出すだろう。市民革命を恐れる者も無論少なくない。国会議員ども、財界、そして官僚どもなどといったいわゆる≪支配層≫である。彼らはもし革命が或る日突然起こったなら、失うものが多過ぎるのである。我々貧困層や一般市民らは、革命が起きようが起きまいが失うものなど何もない。そして想像空想夢想するのは自由である。ぁそ。

③これもレーニンが言っていることだが、革命を起こすためには無論のこと、革命後の新政権にも従前の統治機構は使えないのである。だから共産党の言う「国会で多数派を占めての平和革命」などは私の市民革命以上の空理空論である。共産党幹部自身が「革命は我々のロマンだ」と言って日本革命を永遠の彼岸に押しやっているではないか。彼らは議席第一主義、得票第一主義の連中で、現実の革命などには興味がないのだ。
 従来の政治機構などは革命にとっては桎梏、足枷、無用の長物以外の何者でもない。新しい政権には新しい器が必要で、それは革命の過程で自然発生して来るものだ。

 当選することだけを願って選挙のときだけペコペコ頭を下げ続けて来た現国会議員らは全員クビ、ああいった手垢だらけの者たちは原則一人も要らない。但し遺憾ながら腐り切った民主党に今尚残っている桜井医師のような、手に専門職を持った有能な人なら一時的に我が市民会議のオブザーバーとして残してやってもいいが、その際従前の議員特権などは当然全部廃止される。あと個人的には自民党の野田聖子議員なども(私は好きだから!)残してやってもいい♪

 政治的には左右は問わず、普通の人の普通の暮らしを守る≪普通の人≫なら誰でも歓迎するというのが我が市民会議・市民革命の真骨頂である。そのための第一歩として現状の自称≪野党≫諸派、とりわけ民主党などは即刻解体してしまうべきである。あんなものは日本再建の障害になるだけだ。

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by musasinokosugi | 2013-10-20 10:48 | 時事

犯罪は社会を映す鏡か。

 例の東京三鷹方面での女子高生刺殺事件などを見ると、警察という組織は日常業務に忙しいのか、何か犯罪が発生してからでないと予防的な始動はしないようで、これには功罪がある。

 普段いわゆる「取締り」というものもあまり熱心にやられても我々一般市民は迷惑に感じることが多いが、かと言って、取り締まるどころか自分たちが先頭に立って、やれ物干しの女性用下着を盗んだり、駅のエスカレーターで女子高生のスカートの中を盗撮したり、或いは保管中の押収品をちょろまかしたりして貰っても困る。この種の性的犯罪は警察官に限ったことではなく、自衛隊員や学校教師などもときどきやってしばしば報道されている。

 私は何年か前の盛夏、深夜自販機で冷たいものでもと缶ジュースを買いに出たら、缶を取ろうとした瞬間大通りの反対側にいた警察官ら数人によって、≪ストロボ一閃≫激写されたことがある。彼らはパトカーで来ていて、一体私のどこが怪しいというのか、あんなのは税金の無駄遣いそのものだと当時思った。
 今は盗まれてしまった自転車でも私は5,6回かそれ以上職質を受けた。そう言えば一度餌蒔きに出掛けた大阪城公園でも職務質問を受けた。彼らは決まって本庁に無線で問い合わせ、盗難車かどうか確認してからでないと無罪放免しないのである。やはり私は、見た目怪しい老人なのだろうか?(笑)

 取締と言えば、一体マフラーを外してバリバリいわせながら深夜街中を走り回っているいわゆる≪暴走族≫やそれに類する連中を、警察は取り締まっているのだろうか。あんなものは監視カメラの映像からナンバーその他を割り出せば簡単にそのバカモノに到達出来るのではないか。そうして不当不法な改造を即刻止めさせ、なんなら暴走行為を犯罪として立件すればいいのだと思う。
 沿道にいる寝たきりの老人らがあの爆音でどれだけ悩まされているか、あのバカどもには思いやる気持ちなど微塵もない。だいたいが、奴らは爆音を響かせることによってしか自分を世間様にアピールする方策を持たない見下げ果てた連中なのである。

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by musasinokosugi | 2013-10-19 11:41 | 時事
 これらは全て去年の写真だが、場所は大阪城桃園の向かい側の≪思い出の森≫というところ。

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 近くに水場がないので、夏場はトレイと鉢受皿で水を提供していた。ここには朝一番でカラスもやって来た。

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 植え込みの中に空いたボコボコの穴はスズメさんたちが砂浴びをした跡である。寄生虫を落としたりするのだろうか、彼らは砂浴びが好きだ。

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 樹上に並んで餌待ちの体制だ。餌が蒔かれると彼らは一斉に地面に舞い降りて来る。

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 鳩ちゃんとスズメちゃんのアップだが、鳩が乱暴に舞い降りて来ると、スズメは逃げてしまうことが多い。脚が当たって怪我をするらしい。

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 去年の秋の紅葉を≪思い出の森≫から見ている。今年は猛暑に暴風雨の連続だったから紅葉はどうなるのだろうか。

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by musasinokosugi | 2013-10-18 11:35 | スズメ

今日のニュースから。

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①競売にかけられていた朝鮮総連の会館をモンゴル系の会社が50億余で落札したということである。モンゴルからは大相撲の力士が多数来日して、なんと現在東西の両横綱は二人ともモンゴル人であるわけだが、国家としてはモンゴルは北朝鮮と大変仲が良いらしい。金は誰が出すのか知らないが、これで建物は引き続き朝鮮総連が使うことになるのだろう。

 我が国のメディアはまったく伝える気が無いのであるが、世界では北朝鮮と国交のある国の方が多数派であり、日本や韓国などは少数派なのである。日本は韓国と単独講和した関係から、北とはまだ法的には戦争状態にあると言ってよい。「戦争中なんだから拉致されても当然だ。日本だって戦時中には同じことをしていたのだから」などと言いたいわけではないが、「盗人にも三分の理」ということだってあるのだ。この点肉親を拉致された家族の団体は一貫して「北への厳正なる懲罰」を主張してやまないのであるが、≪太陽と寒風≫の寓話もあることだし、私はこの姿勢にはあまり賛成出来ない。悪意を露わにぶつけても、相手は意固地になるだけだろうからである。
 それで国交の有る無しだが・・・ ↓

2013年3月現在、国交のある国は162か国である。大韓民国、日本、アメリカ合衆国、イスラエル、ウルグアイ、エクアドル、エストニア、エルサルバドル、サウジアラビア、ソロモン諸島、ハイチ、パナマ、パラグアイ、フランス、ボリビア、ホンジュラス、聖座(バチカン)からは国家承認されておらず、国交は無い。

国境を接する中華人民共和国およびロシア連邦と密接な関係を維持してきた。しかしロシアからの経済支援は冷戦終結後ほぼ途絶えている。NHKの『ドキュメント北朝鮮』ではプエブロ号事件により、元ソビエト連邦共産党中央委員会であったワジム・トカチェンコ(ソ連における極東政策の第一人者であった人物)は北朝鮮の危険性を告白し、北朝鮮と一切の関係を持つべきでないと警告している。(ウィキペディア『朝鮮民主主義人民共和国』から)

・・・ということである。

②米上下院議会はデフォルト回避法案を可決。

 これまでの死闘(?)がどこまで本気だったのか私にはわからないが、共和党と民主党は最後の最後になってようやく子供の喧嘩のような争いを止めて妥協した。

③東電の汚染水漏れ。

 「方丈記」風に言うならば、「東電の垂れ流しは絶えずしてしかも元の汚染水にあらず」といったところである。こんなふうでまだ「再稼働」だなどと言っているのだから東電も国も財界も頭が壊れている。小泉元総理の爪の垢でも煎じて飲んだらどうだ?


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by musasinokosugi | 2013-10-17 14:16 | 時事

並んで食べる。

①テレビでは少し前おすぎがいみじくも「(ラーメンなんか)並んでまで食べたいとは思わない」と言っていたが、私も常々そう思っている。
 別にバカにして言うわけではないが、昔からラーメンなどは並んでまで食べるような有難い食べ物ではなかったのだ。ちょっと通りがかった店屋で気軽に飛び込んで食べられるところがラーメンの持つ「有難さ」なのである。
 今はどうなっているのか知らないが、東京環七通りには「ラーメンストリート」まで出来た。どの店もどの店も行列また行列のオンパレードである。スープがどうの麺がどうのと能書きばかりが先行し渦巻いていたが、老舗ウナギ屋の「秘伝のタレ」じゃあるまいし、毎日大量に消費するラーメンスープに秘密も独自性もあったもんじゃないと私は苦々しく(?)感じていた。中には「今日のスープは出来が悪い」と自分に怒り、出来上がったばかりのスープを寸胴ごと下水にぶちまけ、「今日は済みませんが」と店先に並んでいた客らを追い返す店もあったようだ。そんな見え見えのパフォーマンスをテレビ各局は競って囃し立ててくれるのだから、その店も十分元がとれたことだろう。ファミリーレストランやコンビニの「捨てまくり」もそうだが、我が国のGDPなるものもそういった無駄な行為の累積で押し上げられている側面が大きい。
 
 
 ある解説者は「並ぶ」という行為には「他人の価値判断に依拠する」という主体性放棄と「流行に乗り遅れたくない」という焦りに似た感情があると指摘していた。確かにそういうことかも知れない。

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②「私たちすべての人間にとっての本当の幸せとは何か」と水俣病患者の代表(?)の一人が講演で言っていた。故・埴谷雄高は『文藝』誌の「幸せとは何ですか?」という質問に答えて

「幸せ? そんなものはありゃしない」
  
と言ったことがある。

 私が思うに、人それぞれ利害の対立があるのが普通の世間一般であるから、Aにとっての幸せはBにとっての不幸せであることが少なくないのではないか。メダル争いや優勝争いがいい例である。顧客獲得競争だってそうだ。

 ところで、我が国は一千兆円を超える国債を只今発行中であり、これを国民一人当たりに換算すると老若男女全部ひっくるめて一人900万円の借金を抱えながら我々は日々生活していることになる。

 この話になると必ず出て来るのが「大半の国債の所持者は我が国メガバンクの面々と日銀だから安心だ」という議論だが、果たして本当にそうか。私はメガバンクなど信用していない。「みずほ」を見ろと言いたい。彼らは急場を迎えている中小の町工場には1円も貸さない癖に、≪系列のサラ金≫には潤沢な資金を提供し、彼らを使って我々国民一人一人の生活資金を吸い上げ続けている吸血鬼のような高利貸しではないのか!
 

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by musasinokosugi | 2013-10-16 15:20