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by musasinokosugi
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ノーベル賞の話題。



 日本から二人のノーベル賞受賞者が出たということで、メディアはそれを手放しで褒め称えて連日番組を作っている。私も格別異論は無いが、ただ一つ《ノーベル平和賞》に関してはあんなものは世界の政治力学の産物に過ぎないから何の権威付けにもならないしすべきではないとずっと前から思っている。アメリカのヴェトナム戦争に協力した故・佐藤栄作が受賞したときには若者達は「じゃあ僕らには《ノーベル戦争賞》でもくれよ!」と猛反発したものである。

 授賞の条件としては財団の委員会は「沖縄地方の戦争に拠らない平和裡の返還を評価したものである」としたが冗談じゃない。沖縄戦では米兵も少なからぬ損害を出し、その腹いせ・しっぺ返しの為にアメリカは沖縄地方を戦果として占領し、統治のため《高等弁務官制度》を敷き日本の支配から切り離した。以降本土と沖縄の往き来にはパスポートが必要となった。私が幼少の頃沖縄からやって来たという《ハブの毒消し》の行商人は、これ見よがしに自身のパスポートを街頭露天の店先に提示していたものである。
 沖縄県民と本土の革新勢力は《沖縄の即時無条件全面返還》をスローガンに統治者たる米側に対峙して闘ったが、米側の下した結論は『基地はそのまま残す。小うるさい県民どもの統治はおまえら日本人がやれ』というものだった。沖縄の米軍基地が無かったら、あの悪名高きヴェトナム戦争は遂行出来なかったのである。アメリカの占領軍気取りは今尚続いていて米兵に依る犯罪の温床になっている。これが沖縄に於ける《パクス・アメリカーナ》・《アメリカの平和》の実態である。

 1.医学賞は寄生虫予防の薬品を開発した事に対して贈られた。受賞された大村教授は「私ではなく微生物の力だ」とご自分のフィールドワークを謙虚に述懐された。
 彼が無償提供した新薬のおかげで、億単位の人々が失明や足の腫れあがる病から解放された。昔は「原因不明の奇病」とされていた病は寄生虫が原因である事が発見されたのである。

 2.物理学賞はニュートリノにも質量があることを実験データから証明した功績に対して贈られた。東大・梶田教授の研究はカミオカンデに拠る「ニュートリノ振動」の分析結果から「ニュートリノにも質量が無ければおかしい」と実証したもので、京大系の《理論物理学》とは位相を異なる実験データに拠る《実証主義物理学》の範疇にあり、彼もまた「カミオカンデが無かったら自分の発見も無かった」と、彼を指導した二人の先達を褒め称えていた。

 ニュートリノは宇宙空間を無尽に飛び交っているが、個々の存在はあまりにも微小な素粒子であるため全ての物質を何の抵抗もなくスルーしてしまうのである。この為「ニュートリノは質量を持たない」というのが半世紀にわたる世界の物理学者達の常識だったが、これを彼は覆した。

 質量を持たない物質なんて在るのかよ!?まるで幽霊みたいじゃないか。などという我々一般人の常識など通用しなかったわけだが、これが打ち消されたのである。

by musasinokosugi | 2015-10-08 16:20 | 時事
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スケアクロウというと、今から30年以上前に何回も見ている筈だが、覚えていたのは二人が枯れ草のボールが飛ぶ荒涼たる田舎道で出会う場面と、マックスがついに処世術?を会得して、即興のストリップ劇?を演じるシーンくらいのもので、大方は忘れ去っていた。今度何十年ぶりかで改めて通して見て、あれこれ思い起こすことも少なくなかった。昔見た懐かしの名画には、いつ、どこで、誰と、どんな状態で見たかというような、映画自体とは直接関係の無い様々な個人的な記憶を芋蔓式に呼び覚ます効用がある。 

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スケアクロウ

 まずこの映画が公開された1973年がどういう年だったかは「ザ・20世紀」で直接見て貰うとして、2つのエピソードだけを「ザ・20世紀」から先行して引用しておくと:

1.アメリカでは: ↓

 何よりもベトナム戦争が終結した年である。

1月27日、パリでベトナム和平協定調印。
28日、停戦。
29日、ニクソン米大統領がベトナム戦争終結を宣言。アメリカが経験した初めての「敗戦」となった。
3月29日:米軍、南ベトナム撤退完了。 この戦争によるベトナム側の戦死者は300万人、行方不明30万人、負傷者600万人と推定されている。アメリカ側の戦死者は5万8000人。

・・ということで、インドシナ経営に失敗したフランスの後を継ぐ形でアメリカがヴェトナムに「本格介入」したのは1965年だが、最初小規模の「軍事顧問団」という形で派兵したのは1963年に暗殺されたJ・F・ケネディである。
「顧問」の筈の米軍がいつしか戦争の主体となり、最大時で50万人を越す大規模の派兵となって戦争はいわゆる「泥沼化」して行った。
 この戦争の後遺症でアメリカ自身も相当傷ついた筈だが、元より朝鮮戦争からヴェトナム戦争を経て近年のイラク・イランの戦争から現在のアフガン・パキスタンの対テロ戦争に至るまで、「世界の盟主」「世界の憲兵」たるアメリカは第二次大戦以降も、局所的とは言え「戦争」と無縁だった時期は寸時も持たない国だったのである。

2.次に「朝鮮特需」「ヴェトナム特需」という絶好のカンフル剤を得て奇跡的な「戦後復興」を果たした日本の政界ではこの1973年には: ↓

7月17日:渡辺美智雄、中川一郎、浜田幸一、石原慎太郎ら自民党タカ派の31人が、「青嵐会」を結成。

 というエピソードがある。上に名前の出ている四人は後に揃って世襲二世を国会に送り出しているわけである。渡辺ミッチーの息子は今「みんなの党」代表だし、中川一郎の息子は先日亡くなった。ハマコーの息子は大臣まで務めたし、石原現東京都知事の長男は自民党党幹部の重責を務めている・・というわけで、日本はともかくとして、アメリカではようやく戦争が終結し国民みんながほっとした、指標となるべき大事な年だったのである。

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 この映画はいわゆる「ニューシネマ」の傑作の一つであるが、アメリカで「ニューシネマ」と言うと別の意味になり、この時代(1960年代後半から1970年代前半あたり)の映画のことをアメリカでは「ハリウッド・ルネッサンス」と呼んでいるらしいのである。一言で言えばこの時期を境に「映画が(一旦ではあるが劇的に!)変わった」のである。

 ニューシネマにはどんな作品があったか?例として: ↓

「俺たちに明日はない」67年・・大恐慌時代に実在したアベック強盗の話。
「卒業」67年・・ダスティン・ホフマンの名作。
「イージーライダー」69年・・ピーターフォンダ。
「真夜中のカウボーイ」69年・・都会の孤独。
「マッシュ」70年・・朝鮮戦争。
「いちご白書」70年・・学園闘争。
「5イージーピーセズ」70年・・家族。
「フレンチ・コネクション」71年・・マフィアシンジケートvs熱血デカ。
「バニッシング・ポイント」71年・・カウ放送局が疾走するコワルスキーを導く。
「スケアクロー」73年・・カラスは案山子を笑うかどうか?
「カッコーの巣の上で」75年・・ロボトミー。
「タクシー・ドライバー」76年・・白色テロ。

・・と他にも沢山あって、いずれも重たいテーマを追求した社会派の豪華作品群であるが、ウィキペディア「アメリカン・ニューシネマ」によれば: ↓

ヴェトナム戦争の終結とともに、アメリカ各地で起こっていた反体制運動も下火となっていき、それを反映するかのようにニューシネマの人気も下降していくことになる。
ニューシネマで打ち出されるメッセージの殆どは「個人の無力」であったが、70年代後期になると、ジョン・G・アビルドセン監督の『ロッキー』に代表されるように、「個人の可能性」を打ち出した映画が人気を博すようになる。さらにジョージ・ルーカス監督の『スター・ウォーズ』の大ヒットにより、再び50年代の夢とロマンの大作映画や、それまで子供向けとされていたSF映画も復活した。ヴェトナム戦争により強い大国アメリカの理想像を打ち砕かれ、長らく暗い、憂鬱なニューシネマの虚無感に共感していたアメリカ国民は、戦争の終結と共に、再び明るく希望のある作品を求めたのである。
アメリカン・ニューシネマは、「ニュー・アメリカン・ドリーム」に取って替わられることによって、事実上、幕を閉じたのだった。

・・ということで、では総体としてのニューシネマの特徴はどうだったかというと: ↓

1.一人のスーパーヒーローが大活躍して勧善懲悪を果たすなどという楽天的なストーリー展開はない。(アンチヒーロー)
2.目に見えた明瞭な形で起承転結の末大団円を迎えるという古典的なドラマツルギーは持たない。(アンチクライマックス)
3.従っていわゆるハッピーエンドもない。
4.個々人の無力感・諦観・絶望感が殊更に強調される。(アイデンティティの無化)
5.あとは「家族の崩壊」が如いては「社会の崩壊」に繋がって行くだろうという社会性を伴った暗い視点を隠さない。

・・ことなどが挙げられる。

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 以上前振りが長くなり過ぎた。独断と偏見で言えば、ジーン・ハックマン(マックス)とアル・パチーノ(ライオン)が凸凹コンビとして共演するこの映画のテーマは「家族の崩壊」である。主だった登場人物の中で、幸福で平穏な家庭生活を送っている人間は一人もいない。みんなボロボロにすさんだ日々を送っている。幸福そうなのは、しいて上げればライオン(アル・パチーノ)に5年前見捨てられた妻と息子くらいのものである。まるで「幸福?そんなものはありゃしない」(埴谷雄高)を実証?するかのような映画である。劇中「ヴェトナム」の「ヴェ」の字も出て来ないが、ヴェトナム戦争の落とした暗い影は全編に滲み込んで映画全体に言い様のない深みと厚みを与えている。「神経質で粗暴なマックスと陽気なフランシス(ライオン)の道中記」というのは皮相な見方で、二人共出会ったときには既に相当「壊れていた」のである。終末も不安を残して終わる。

 映画評を幾つか読んでみたが、gooのネタばれあらすじを含め概ねがかなり的外れだった。言ってしまえば、今の若い人たちには映画を読み解く力が決定的に不足しているのではないかとさえ私は思った。ニューシネマに対するアンチとして登場した「ロッキー」や「スターウォーズ」や「インディージョーンズ」を見て育った世代は基本的にアカンのではないか、あんなものは(!)テレビゲームを映画にしただけではないかと・・。ぁそ。

スケアクロウ(1973) - goo 映画スケアクロウ(1973) - goo 映画

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by musasinokosugi | 2009-10-15 21:46 | 写真・ムービー等