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by musasinokosugi
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タグ:吉本隆明 ( 3 ) タグの人気記事

『言・美』の世界から。

 吉本隆明著『言語にとって美とは何か(略称言・美)』は楽天ブックスにもあると思う。(←失礼。今探したら無かった!が、アマゾンには2冊あった。w)角川文庫からも出ている。まだの人には是非ともお勧めしたい文学論の著書である。小説等文学作品に限らず音楽や映画にも応用の効く優れた著作だと私は思っている。
 それでどういう内容かというと、元々は理系の出身である著者が書いた本であるから、X軸Y軸の平面座標に各文学書を配置してしまうことを提案しているのである。この提案が画期的かどうか私は知らないが、私の出会った初めての文学論だった。彼は生涯を通して実にいろんなことをやらかしてくれた人で(笑)私は何もかも彼の主張に同意する人間ではないが、私が大きな影響を受けた人間の一人であることに間違いは無い。詳しいことは冒頭にリンクしたウィキペディアへ行けば有難いことに相当詳しく書いてくれている。w

 それで、吉本の設定はあくまで『平面座標』なので、これにもう一つZ座標を加えたら立派な(?)『空間座標』になるのではないかと、私は夕べふと思ったのである。
 ではそのZ軸には何を持って来るのかというと、私の考えでは『世界性』がいいのではないか。w
 ここに『世界性』とは『社会性』と言い換えてもいいし或いは『翻訳可能性』でもいい。『他言語化への可能性』でもオッケーだ。私はこれらを全部ひっくるめて『世界性』と仮に名付けたのである。吉本が苦手としていた(と言うよりは出来なかった)『多言語化』即ち外国語への十全たる翻訳の挑戦である。
 考えてみて欲しいのは、吉本が「この二人さえ読んでいれば用は足りる」とした両村上(即ち村上春樹と村上龍)にしても欧米で広く読まれているのである。「この小説は是非母国の人間にも読ませたい!」と切望する多くの人たち(ガイジンサン)がいてこその『世界性』獲得なのである。これはマンガでもポップスでも同様だ。
 あの大江健三郎にしても世界各国語に翻訳されたからこそのノーベル文学賞受賞だったのではないか。

 英米の覇権が長期に亘っている関係で今『世界語』と呼べる言語は英語しかない。スペイン語でもフランス語でもロシア語でも中国語でもなく英語なのである。学者が拵えたエスペラント語などは、政治も経済も何も絡んで来ない「学術的」「趣味的」サークルの言語でしかないだろう。いったいどれだけの人間がこのエスペラント語を日常使って生活しているのだろうか?
 M・フーコーの『言葉と物』(1965年)の日本語への翻訳に5年も10年も(?)かかったように、詩的イマージュや暗喩に富んだ著述はことほど左様にプロでも翻訳が難しいのである。私にしても英語の俳句などを見るにつけ「どうしてこんなのが俳句なの?」といつも思っていた。w
 ということで、翻訳可能か不可能か知らないが、私たちもガイジンさんに良くわかる日本語を使いたいものである。
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by musasinokosugi | 2014-05-16 14:10

死ねば死に切り。

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「死ねば死にきり」―回想、村上一郎
(「猫々だより71」掲載―『吉本隆明資料集74』所収・猫々堂08.4.25刊)

 七五年三月二十九日、自刃した村上一郎の〈死〉を、衝撃を持って知った。幾らかの通交があったとはいえ、読者の一人にすぎないわたしは、通夜にも告別式に行くことも躊躇い、時を過ごした。
 同年五月に発行された『磁場臨時増刊 村上一郎追悼特集号』に告別式での吉本隆明の「哀辞」が、掲載された。
 「村上一郎さん。こう呼びかけても、貴方は呼びかけること自体信じていないだろう。死ねば死にきりである。」
 この「哀辞」を読んで、深く心に染み入ってきたことを今でも忘れない。「死ねば死にきり」という言葉が、村上一郎の自死に至る想起の有様を真っ芯で掴んでいると思えたし、同時に、誰にでもいずれ訪れる〈死〉というものの深層を言い切っていると感じたからだ。
 吉本は、この後しばしば、高村光太郎の詩からとして、「死ねば死にきり、自然は水際立っている」と引いている。「自然は水際立っている」、なんとも、鮮烈ないい方ではないか。気になって光太郎の詩を調べてみると、「夏書十題」のなかのひとつ、「死ねば」という表題が付された、亡くなった母を追慕した短詩(原詩は、二行立てで「死ねば死にきり。/自然は水際立つてゐる。」)だった。
 村上一郎との僅かな通交のなかで、わたしは、何度、吉本隆明への共感の言葉を聞いたか、分からない。その頃、『試行』と『無名鬼』の分岐の経緯について考えを巡らす余裕がなかったから、不思議な感慨を持ったように思う。
 村上一郎と初めて会ったのは、後に評論集『浪曼者の魂魄』を編集担当することになる、知り合いの編集者夫妻と連れ立って、武蔵野市吉祥寺北町の自宅を訪問した時だ。六九年の四月か五月頃だったように思う。何時間か歓談した後、四人で井の頭公園へと散策に出かけた。わたしが井の頭公園に不馴れだったのを気遣い、沿革や様々のことを懇切に話してくれた。池の中で群れる大きな鯉たちを指差して、“あそこで泳いでいるのは吉本鯉だな。こちらの大きいのは埴谷鯉に違いない”と真顔で語る村上一郎に、思わず感嘆してしまったことを鮮明に覚えている。
 わたしが、村上一郎という名を桶谷秀昭とともに、刻印したのは、たぶん、高橋和巳を評価していたからだと思う。江藤淳が、小説としての魅力の乏しさ挙げ、徹底的に批判していたのとは、対照的に、ふたりは、その物語の基層にあるモチーフを最大限掘り起こして、共感を表明していたことに強い印象を持ったのだ。共同性の問題といえばいいだろうか、いわゆる「社稷」という農本的共同体の基層を包含する概念をある種の理想的な関係性として捉えるということであり、権藤成卿という思想家へと敷衍されて、わたしを様々に喚起したといっていい。村上一郎との直接的会話の中で、よくネーションとステートは違う、肝心なのはネーションの方だと述べていた。たぶん、「社稷」をネーションに重ねあわせて考えていたものと思われる。近年のポストモダン的思考では、しばしば「ネーション=ステート」として括り、「国民国家」といういい方がなされているが、わたしには、ご都合主義的な短絡的な捉え方に思えてならない。
 権藤成卿を引例しながら、「社会的国家」と「政治的国家」というように分岐し解析してみせた吉本の「自立の思想的拠点」(65年3月)をわたしが知ったのは、単行本化(66年10月)された数年の後(村上一郎との通交前後)のことになる。
 入学した大学の学生新聞に所属したことで、村上一郎との短いながらも濃密な時間を持ったことになる。文芸欄の紙面担当だった先輩が、家業を継ぐために中退して、入学まもないわたしが担当することになった。三回連載となった「私にとって明治批評精神とは何か?」の原稿受け取りのために何度か続けて会うことになる。大学は、バリケードストライキ中であり、そのなかを、わざわざ原稿を届けてくれたこともあった。また、わたしが不在だった時、校正間違いの多さに、もの凄い怒りをもって新聞学会室へ直接電話をかけてきたことがあった。帰室して直ぐに、お詫びの電話を入れたのだが、拍子抜けするぐらいやさしい言葉で、校正の大事さを話してくれたのだ。
 村上一郎が、年来の病気(躁鬱病)に悩まされていたことは、知人の編集者に聞いて知ってはいたが、少なくとも、わたしの眼前では、屹立した佇まいのなかにあっても、不思議な気遣いと“やさしさ”を、変わらず漂わせていた。四十九歳(と記して、愕然とする。どう見ても老成した風貌であった)と十九歳の通交が、村上一郎をしてそう振る舞わせたのかもしれない。編集者とはなにか、書くということはどういうことなのかということを、真摯に若年のわたしに語りかけてくれたものだ。わたしにとっては、著作からだけでは窺い知れない、多くのものを村上一郎からその時、直接受け取ったと思っている。
 いま、わたしは、村上一郎の自死の年齢(五十四歳)を既に何歳も越えてしまった。

 「精神とは何であるか、仮にこれを思想と呼んでもよい。それは長い歩みと、曲折と、時に飛躍とをともなって成り、また成らんとする。が、人類が類として生き得る日まで成らんとして成らない。」
 「変革は、(略)ひとのあこがれ、身をこがし想うものでなくてはならぬ。それを美しかれと念じ、おのれをそこへ向って燃焼せしめるものでなければならぬ。」(「明治維新の精神過程」)

 九年前の三月に友人の奥さんが亡くなり、東京・小平霊園に眠っている。以来、毎年、春の彼岸の折りに、同じ霊園にある、“風”の一字が刻まれている村上一郎の墓へと共に訪れている。                          (文中、敬称略)
以上『フーコの日日雑記』より。

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 私はこの言葉は吉本から知った。晩年の彼はしばしば引用していた。これとは別に「人生死ぬまでの暇潰し」という言葉もあった。何人も人を殺した凶悪犯であろうと、死んでしまえばもはや誰も彼を裁けないのだろうか。

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 私が日々相手をしている鳥たちは毎日懸命に、そして健気に生きている。しかも彼らはちょっとした油断や天候不順が自らの生命の危機に直結してしまうのである。
 私を含めて、皆さんはやれ音楽だ、踊りだ、ゲームだ、アニメだ、映画だ、世界の動きだ・・・とお忙しいようだが、それらは皆他者から与えられたものである。謂わば、それらを一生懸命に消費して忙しがっているだけの話である。私は最近人々のそういった営みにはあまり触手が動かなくなってしまった。むしろ、ああだこうだと日々他人様のお相手をすることには辟易していると言っていいくらいだ。

 マーク・トゥエインの小説に、人間嫌いに陥った或る男が巷間から離れて山中で一人暮らしを始めたのはいいが、そこもいつしか人が寄り集うようになり、気が付いたときにはそこは立派な町になっていたいう寓話があったが、私も同じで(?)言葉の通じない鳥の相手をしているだけの生活の筈が、気が付くといろいろな知り合いが出来てしまっている。人はなかなか人間社会から逃れ出ることなどは出来ないのである。あっそ。

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*今回の選挙、59%の投票率というのは戦後最低なのだそうである。その中で自民の得票率が30%というから、全有権者の18%の支持があれば完璧に国会を牛耳ることが可能になるという理屈である。三権分立というが、議院内閣制という制度は立法府の権限が最優先され、国会が行政府の長を任命し、その行政府の長(内閣総理大臣)が司法の長を任命する。権力の行使もこの順番通りで、司法には本来「違憲立法審査権」という強力な権限が与えられている筈だが、そんなものは単なるお題目に過ぎず、最初から腰の引けた最高裁判所は行使した試しがない。

*野田という「事件」にはいろいろな憶測が流れた。

①野田は財務大臣のとき財務省に洗脳され省のスパイになった。野田の目的は民主党の破壊と解体である。
②自分の選挙区の反応がいいため本当に選挙で勝てると錯覚した。
③野田には自派閥はない。霞ヶ関に籠絡された仙谷が前原・岡田らに根回しして野田を立てた。岡田や前原の口煩い連中では協力出来ないと役人どもは脅した。
④結果民主党は霞ヶ関の言いなりになり、使い捨てにされた。彼らには自民党政権の方が断然好ましいのである。

*新潟の角栄王国が崩壊し、小沢の牙城=岩手県も壊された。小沢の「最後の御奉公」を妨害したのは大メディアとそれに唯々諾々と操られた野田一派である。

*共産党は「90年の歴史」を誇り社民は「元祖反原発」を誇示した。両党とも完全に時代感覚がずれている。90年の歴史のなかで一度も政権に参画したことがないことを誇るアホと、原発を阻止したことがないことを誇るアホだ。本来恥ずべき歴史を自慢しているのだから議席減も当然だろう。

*みんなも維新も「100議席獲得」を目指したが、錯乱状態の野田の不意打ちによって目論見は敗れた。野田一派は今回の自公政権樹立に大きく貢献している。まあ、来夏の参院選があるさ。w


by musasinokosugi | 2012-12-17 16:40

6/12.

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沖縄では梅雨明けしたそうだが九州・本州以北は梅雨はまだこれからである。管は被災地を訪問し現場の責任者と会談したが、今になって瓦礫だ、復興だ、2次補整だと云々するのはいったい何のためか。つまりは自分の居残り・続投表明のために被災地を利用しているだけのように思えて来る。管は瓦礫の間を飛び交い腐臭を放つハエ以上の存在ではない。*村上春樹の提言が話題になっている。効率化の過剰なまでの追求があの大惨事を招いたというのだが、果たしてそうか。第一、文明とはそもそも効率化の追求なのである。人の移動も物資の輸送も「揺り籠から墓場まで」、我々の生活は全てが日々「効率化」「合理化」目指して展開されて来たわけである。それには電気が必要必須とあらば、「じゃあどんどん発電しましょう♪」となって、核だろうと何だろうと「大丈夫、大丈夫♪」で「効率的な」生活を享受して来たのが我々である。それを今更方向転換など出来るのだろうか。我々はそんなに賢い存在だろうか。他国を脅すにも「通常兵器」より「核兵器」の方がより「効率的」だと考えているのが我々ではないのか。いずれにせよ、賛否両論を呼びそうな村上発言である。w

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高濃度汚染水浄化装置、10か所以上水漏れ
読売新聞 6月10日(金)21時18分配信

 東京電力は10日、福島第一原子力発電所の高濃度汚染水から放射性物質を取り除く浄化装置で、弁や配管の接続部など10か所以上に微量の水漏れが見つかったと発表した。

 11日にも補修を終えて試運転を開始する予定だが、試運転に5~7日程度は必要なことから、15日を目標とする本格稼働も遅れる可能性がある。同原発には既に10万トン以上の汚染水がたまっており、浄化装置が稼働しない場合、今月末にも海など外部に流出する恐れがある。

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片山総務相:「時間持てあましている」…復興会議批判
2011年6月10日 21時14分 更新:6月10日 21時22分 毎日新聞

 片山善博総務相が10日の会見で、税と社会保障の一体改革や復興構想会議の議事運営に不満を爆発させる場面があった。

 一体改革については「地方は『意見を聞いてもらっていない』という意識だが、担当大臣は『十分聞いた』。音声として聞いたからいいだろう、という態度が国側にある」と拙速な議論を批判。焦点の消費増税については、与謝野馨経済財政担当相を念頭に「政府で決めたら世の中が収まる、と考えている人がいる。問題含みの欠陥商品が(世に)出てしまう」と力説した。

 逆に復興構想会議には迅速な提言を要求。規制緩和で復興を促進する特区に関し「担当相として準備しているが、構想会議でじっくり検討しているのでいたずらに時間を持てあましている」と語った。

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菅首相進退:仙谷官房副長官 早期退陣を求める
2011年6月11日 12時26分 更新:6月11日 13時7分 毎日新聞

 仙谷由人官房副長官は11日午前、BS朝日の番組で、菅直人首相の進退について「次のステップに踏み込むために身を投げ出してもらうしかない。けじめを付けないと本人のためにもよくない」と述べ、早期退陣を促した。特例公債法案の成立に野党の協力を得る狙いだが、仙谷氏が公に首相の早期退陣を求めたのは初めて。

 一方、自民党の大島理森副総裁は11日午前、札幌市内で記者団に、首相の退陣時期について「来週がヤマだ。本人が辞めると言わない限り、とことん戦う」と語った。【小山由宇】

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*裏で連携を取り合っている民主・自民の二人の実力者の談話である。
 この二人から本当に見放されているのなら管は粘れない筈だが・・。

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司令塔が東京だけ、致命的な欠陥…橋下知事主張
読売新聞 6月11日(土)14時23分配信

 大阪府の橋下徹知事は11日、大阪市内で政府予算への要望を府選出の民主党国会議員に行った。

 橋下知事は東日本大震災を念頭に「日本の司令塔が東京にしかないというのは、国のあり方として致命的な欠陥。首都の代替機能を大阪が担っていきたい」と主張。

 これに対し、同党の平野博文元官房長官は「前向きに考えていきたい」と応じ、樽床伸二・前府連代表も「方向性はその通りだ」と同調した。

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 昼のたかじんNOマネーでは評論家の宮崎が「橋下徹さんは本当に人の面倒を見ることが好きな人だ」と強調していた。私は初め誰のことを言っているのかわからなかったが、そのうち大阪の橋下知事のことだと知った。
 私は知事選のときは民主党推薦の他候補を応援していた。彼は大阪府民のGNPをXX年間で50万円引き上げるとかを政権公約に掲げたが如何にも爺臭く、跳んだり跳ねたりの超パフォーマンス芸人の橋下に大差で敗れた。
 知事になってからの橋下の変貌ぶりは周知の通りである。民主推薦の平松大阪市長とはいろいろな政策で衝突しているが、宗旨変えした私は(平松には数々の恨みがあることでもあり)橋下支持に転じている。

 首都機能が2極化されることは良いことだろうが、福島を考えると大阪では近過ぎるかも知れない。

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<東日本大震災>仮設住宅に腐敗臭漂う 陸前高田
毎日新聞 6月11日(土)13時2分配信

 岩手県陸前高田市の上長部(かみおさべ)地区で強い腐敗臭が漂う中、仮設住宅の建設が進んでいる。無数のハエも飛び交い、入居を希望している被災者から「においはいつまで続くのだろう」「ハエを抑えられないのか」と不安を訴える声が上がっている。

 上長部地区では60戸あった民家のうち約40戸が津波で流された。水産加工会社の冷蔵庫も破壊され、千数百トンのサンマやサケが約1キロにわたり流出。気温の上昇にともない腐敗臭が深刻化した。がれき撤去作業が進む平日は、重機を動かすたびに大量のハエが舞い上がる。ハエは体長2センチ余りと大型で、避難所や仮設住宅がある市立長部小学校や近隣の民家にも飛び交う。

 建設中の仮設住宅は海から約2・5キロ離れ、41世帯が入居予定。海風が強烈なにおいを運び、付近にハエが飛び交う。近くに住む女性は「今は洗濯物を外に干しているが、昨年の夏のような暑さだと、においが気になり、外に干せないかもしれない」と話す。

 市水産課によると、4月中旬~5月初旬、1日平均100人以上のボランティアらが散乱した魚を回収。県などと連携し、殺虫剤や防臭剤の散布も実施した。しかし倒壊寸前の建物やがれきの下には水産品が潜り込んだまま。においやハエの問題を解消するめどはたっていない。

 長部地区コミュニティーセンターに避難している村上修一さん(61)は「自宅が流されて住む所がないから、自分たちは弱い。我慢すればいいのかもしれないが、仮設住宅は2年もしくはそれ以上住むところ。感染症などの心配もあるので真夏を迎える前に何とかしてほしい」と不安を口にする。市建設課の担当者は「仮設住宅に限定せず、地区全体の問題として対策を講じないといけない」と話している。【金秀蓮】

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 被災地で蠅が飛び腐臭を放ち、国会では管バエが飛び腐臭を放つ。

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村上春樹が東電と「効率社会」批判 スペインでのスピーチ内容に賛否両論
J-CASTニュース 6月11日(土)17時33分配信

 世界的作家の村上春樹さんが2011年6月9日(現地時間)、スペインのカタルーニャ国際賞授賞式でスピーチした。大震災で原発事故を起した東電を批判し、効率を求めてきた社会に疑問を投げかけた。ネット上では、賛否両方の意見が寄せられている。

 グレーのジャケットをまとった村上さんは約22分間、よく通る低い声で身振り手振りをまじえながら日本語で話した。

■「核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった」

 スピーチの話題は必然的に、3月11日に東日本を襲った大地震のことに及んだ。村上さんは「大地震で日本人は激しいショックを受けたが、結局は復興に向けて立ち上がっていくだろう。壊れた家屋は建て直せるが、倫理や規範は簡単に元通りにはできません」などと指摘した。

 その矛先は、原発事故を起した東京電力に向かう。原発事故による悲惨な結果を招いたのは、建設した者が津波を予想していなかったことなどを挙げたうえで、「何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったから」「政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます」などと批判した。

 ただし、こうした「歪んだ構造」を「許してきた」、「黙認してきた」国民にも責任があり、加害者であると表現した。広島に落とされた原子爆弾を引き合いに、「核」への拒否感が揺らいだのは「効率」ではないかと持論を展開。「我々日本人は核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です」「『効率』や『便宜』という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく『非現実的な夢想家』でなくてはならない」などと述べた。

■「僕らは簡単に『効率』を捨てることができるのだろうか」

 スピーチの様子は、テレビ朝日がwebサイトで動画を掲載しているほか、毎日新聞がweb版でスピーチ全文を掲載し、ネット上で注目を集めた。2011年6月11日16時現在、毎日新聞の記事は、異例とも言える1万回以上がツイートされているほどだ。

 スピーチの内容に対して、賛否の意見が寄せられている。肯定的な意見は「原発反対について、きちんとメディアで話すことは、責任も生じるかもしれないが、やっぱり必要なことだと思う」「脱原発を望む人たちが感じていることを村上節に翻訳してスピーチしてくれた気がする」「しっくり来た。あと自分自身にも非難の目を向けるって視点は意外と見過ごされてるから」「村上さんが本当に言いたいことは『効率』でなにもかもを語ってしまうことの愚かしさなんじゃないか」といったものだ。

 一方で、批判的な意見や疑問も少なくない。「『効率』だけを求めて生きてきたから、このような事故を引き起こしてしまったんだろうか。たとえそうであっても僕らは簡単に『効率』を捨てることができるのだろうか」「彼自身が被災地にいたのなら、もっと違う角度で切り込みが出来ただろうに残念」「そんなに発言力があるのに反原発を叫ばなかったの?」「(想定の有無や効率よりも、東電の)事後の対応のまずさも大きいのでは」「外国で言わずに日本のマスコミの前で言ってください。インタビューを生中継で受けてその場で話して下さい」などだ。

■2009年にはイスラエルでのスピーチが物議

 村上さんはメディアへの露出の少ない作家だが、2009年2月にはイスラエルで行われたエルサレム賞の受賞式でスピーチし、話題を集めた。当時、ガザの騒乱でイスラエル政府が非難されている中で、出席すべきではない、との批判もあった。

 スピーチの中で村上さんは「もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立つ」と言い、個人と社会のあり方を「卵」と「壁」にたとえた。

 このスピーチは欧米マスコミから、イスラエル政府のガザ攻撃を非難したものだという受け止めが出るなど、世界的な注目を集めた。

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*吉本隆明は片や純文学の指標としてはこの村上春樹を指名し、対する大衆文学の指標としては『限りなく透明に近いブルー』の村上龍を指名した。そしてこの両村上を読んでいれば日本の文学が今どこにいるかがわかるとした。
 元々は理系出身の吉本は「文学」の数値化と図形化を試みた文芸評論家・詩人である。
 彼の頭の中には双曲線(のようなもの)が常にあって、その架空座標ではあれこれをいちいち説明する「指示(大衆文学)」と魂の発露たる「表出(純文学)」とが常に鬩ぎ合い鎬を削っている。双曲線では両者は限りなく接近し続ける。

 この「指示」と「表出」の座標関係は当然ながらマルクス『資本論』の「使用価値」と「(交換)価値」の関係を類推させる。また(吉本は不満かも知れないが)埴谷雄高の所謂「記録型の文学」と「魂の渇望型の文学」との対比をも連想させるものである。

 私は自慢じゃないが、この両村上の小説はまともに読んだことがない。ぁそ。
 龍の方がデヴューは早く、私は彼のヒッピー仲間?だったという人間と暫く同じ職場にいて、彼の噂はいろいろ聞かされていた。歳は近いのだろうが、春樹が売れたのはずっと?後になってからである。龍はその間『コインロッカー・ベイビーズ』その他問題作を種々発表していた。

『ノルウェーの森』だったと思うが、私は本屋で手にとって春樹の小説をパラパラ立ち読みしたことがある。そのときの設定は何ページも何ページも恋人同士と思われる男女の会話が延々と続く場面で、私は「何だこれは!?パソコン文書、ワ-プロ文書じゃないか!?」と呆れ返ってしまったものである。こんなのは(売れる売れないは別として)誰でも書けるお気軽文書ではないか、今はそういう小説が持て囃される時代なのかと驚いたのである。

徒然草の時代、文人は一日中硯(すずり)に向かっていたのだろうが、今の時代の物書きは終日キーボードに向かっているのである。いい悪いを言うものではないが、龍が大ブレイクした時代はまだ「手書き」が主流だったのではないかと思う。

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*日本人全員が「効率化」を望み推進して来た結果が今回の大惨事を招いたという春樹の主張に、私はある程度歳がいった者の一人として従ってもいいが(←自分は「文明の利器」を使ってワープロ文書を打ちまくり金儲けしたこともないし、「効率化推進委員会」の一員などでは毛頭ない!)吉本隆明はこういった「一億総懺悔」みたいなことを一番嫌う人なので「ふざけんじゃねえや!」と怒るかも知れない。

 ただ若い人たちはこの提言に唯々諾々と従うものだろうか。
 ふんふんと納得しているようでは私は少しがっかりである。

 彼らがどういう反応をしようと彼らの自由であるが、私は若い人たちは「冗談じゃねえや!俺たちが創った社会かよ!?大人の責任じゃねえか!」云々と反発する権利は充分過ぎるほどあると思う。

 あと「壁と生卵」の譬えも少々笑わせられる。
 村上個人の肉体は確かに生卵だろうが、彼が日常使うパソコンその他は間違いなく「壁の中枢」を構築する一部分であり、豊富な電力前提で産出されている。勿論私が中古屋で見つけて来たこのPCも「壁」である。何か自分と無関係な中空に突如として「壁」が出現~ガンとして存在するなどという状況設定はご都合主義そのものと言える。春樹は年代的には所謂「自己否定の論理」の陥牢に嵌っていた時期があってもおかしくない世代だが、この様子では彼の精神史はそういったややこしい話とは無縁の行程を辿ったようである。w

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小沢鋭氏「やるときはやる」=樽床氏、出馬意欲にじませる―民主代表選
時事通信 6月12日(日)12時12分配信

 民主党の小沢鋭仁前環境相は12日午前のフジテレビの番組で、菅直人首相退陣後の党代表選に関し、「(出馬を明言しないのは首相への)礼節の観点だけだ。やるときはやる」と述べ、退陣時期が明示された段階で立候補を表明する考えを示唆した。
 同じ番組で、出馬の可能性を問われた同党の樽床伸二元国対委員長は、時期尚早としつつも「東日本大震災を節目に新しいエネルギー政策を短期、中期、長期で立て、それを中心に日本が世界を引っ張っていく(べきだ)」と意欲をにじませた。
 小沢、樽床両氏は、震災対応で自民党との大連立の必要性に言及した。 

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<関西電力>原発撤退などを株主が提案へ 29日の総会で
毎日新聞 6月12日(日)2時31分配信

 関西電力が29日に大阪市内で開催予定の定時株主総会に、株主124人が原子力発電からの撤退を求める議案を提出した。別の株主36人も建設から30年以上たつ高経年化炉の廃炉を念頭に自然エネルギーへの転換を求める議案を提出した。関電が株主招集通知で明らかにした。関電の取締役会は反対を表明している。

 原発撤退の株主提案は、東京電力福島第1原発事故で放射性物質が放出されたことを受け、「放射能の処理ができない原発はやめる」よう、定款の変更を求めた。撤退まで役員報酬を支給しないことやプルサーマル計画の凍結など計7議案を提案している。取締役会は「今後も、原子力を中心とした最適な電源構成を構築し、持続可能な低炭素社会の実現を目指す」として、反対している。

 一方、自然エネルギーへの転換を求める株主提案は、「原子力発電から自然エネルギー発電への転換を宣言する」よう定款変更を求含む10議案を提案。これについても、取締役会は反対している。【横山三加子】

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by musasinokosugi | 2011-07-09 13:40 | 時事