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by musasinokosugi
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飛田東映3本立て。

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1.男はつらいよ(41作)寅次郎心の旅路

 このシリーズ唯一の海外ロケ篇である。マドンナは大会社を辞め今は脱サラでウイーンでツアーコンダクターをしている竹下恵子(久美子役)である。この当時の渥美清はまだ全然元気である。冒頭の朝のラッシュアワーの光景といい、この「サラリーマン生活」と一転「脱サラ」というのが今回の一つのモチーフになっている。
 満男くんは受験に失敗して代々木ゼミに通っているが「おじさんはいいなあ、毎朝満員電車に揺られて通勤する生活を否定して生きていられて」などと嘆息して「何言ってるのよ、おじさんは社会から否定されたのよ!」とシリアスなさくらに咎め立てされる。ゴクミ(泉ちゃん)は今回はまだ出て来ないから満男くんとのラブ・コメシリーズは42作以降ということが知れる。

 寅が以前競輪で大当たりして、その金でおいちゃんおばちゃんをハワイ旅行に連れて行こうと試み失敗に終わる話があった。その際取得したパスポートがここで生かされるという設定はやけに理屈っぽいのだが、寅を音楽の都=ウイーンに連れ出すのが鬱病質で自殺したがる癖のある一流会社員・坂口兵馬(柄本明)である。
 彼は「行き先は風に聞く」寅の生き方にすっかり感化されて旅費持ちでかねて憧れのウィーンへと寅を連れて行くことに成功するのだが、物語の進行上(?)現地では二人は別行動をとってそれぞれの「物語」を体験することになる。

 ウイーン現地での会話は寅、坂口、久美子、久美子を以前助け今回久美子に引き合わされて迷子の寅も助けた未亡人マダム(淡路恵子)、更には観光客たちといった日本人同士の日本語会話とは別に現地の人間との会話も展開されるが、それらは字幕スーパーがないからドイツ語のわからない人には何を話しているのか不明で、唯表情だけでその内容を推理する「寅状態」に陥ってしまう。

「柴又に帰ってからの寅は夢見心地の放心状態が続いている」とさくらに聞かされた御前様は「あの男の存在自体が夢のようなものだ」とふとこのシリーズの核心に触れる感想を漏らす。盆正月に、多くの日本人がこの夢物語を見続けたのである。
 おいちゃんに「悩みがないのは寅だけか」とぼやかせるのも、見ている我々には一瞬手品の種明かしを見せられているような気分を誘うものである。

 あと空港で久美子は追いかけて来た恋人と劇的な復縁を遂げ、寅たちとの帰国を寸前で断念するのだが、その模様を兵馬が逐一カメラに納めているというのが私には納得出来ない。なぜなら彼はそのときカメラは手にしていないからである。w

男はつらいよ 寅次郎心の旅路(1989) - goo 映画男はつらいよ 寅次郎心の旅路(1989) - goo 映画

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2.仁義なき戦い 頂上作戦

 まあこの映画に関しては特に言いたいこともないんだけど、文太さんの演技は「トラック野郎」なんかより遥かにリアリティがあっていいから、これが彼の当たり役だったというのも頷ける感じである。

仁義なき戦い 頂上作戦(1974) - goo 映画仁義なき戦い 頂上作戦(1974) - goo 映画

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3.郡上一揆

 安藤昌益がどこかで言っていることだが、一揆だとか強訴だとかは「よくよくのこと」がなければ起こらないものである。映画はその「よくよくのこと」への掘り下げがなく、いきなり「定率制から検見制への実質増税」に対し、現奥美濃郡上郡の各村が連合して決起したところから始まっているから、なんかどこか大手組合の「条件闘争」みたいで(!)出演する百姓たちは血行も顔色も良く身なりもこざっぱりしていて充分食えている様に見えるから「なんでこの人たちが《進退ここに窮まれり》として命をかけて決起しなければならないの?!」という印象で全然説得力というものがない。
 少なくとも「強訴」「籠訴」「箱訴」等で主力が次々に投獄されて事態の逼迫感が無理矢理醸造されるまで緊迫感・切実さというものがないから、要は《経緯の描写》が不充分で私としてはまったくの期待外れの映画に終わったのである。

 江戸「三大百姓一揆」の一つと言われるこの郡上一揆は江戸中期田沼意次の時代に起きた四年以上に亘る一揆で、結果郡上藩主金森のみならず老中本多ら幕閣の罷免にまで発展したため唯一百姓側が勝利した一揆だとされているが、百姓側にも多数の獄門(即ち打首から晒し首)を出すなど応分のダメージは当然あったわけである。
 今はお上にたて突くことも容認される時代であるから八ツ場の人たちも獄門にならず良かったね、ということである。ぁそ。
 あと私は美濃へは学生村へ行って40日程滞在した経験があり、郡上八幡の徹夜踊りもしっかり踊って来たから冒頭のシーンは懐かしかった。あっちゃ。

cf.宝暦郡上一揆

郡上一揆(2000) - goo 映画郡上一揆(2000) - goo 映画

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by musasinokosugi | 2009-10-22 01:55 | 写真・ムービー等